第10話 教頭の狂気
夜の学校の裏門で、教頭に腕をつかまれた、わたし。
教頭は、わたしも自殺にみせかけて、屋上から落とす気だ。
わたしは、ポケットの中のスマホから生配信を開始。
フォロワーが警察に連絡してくれることを願う。
夜の学校は、昼間とはまるで別の顔をしていた。
廊下の窓ガラスは黒い鏡となり、外の空とわたしと教頭をぼんやり映し返す。
教頭に腕をつかまれたまま、わたしは暗い廊下を歩いていた。
靴音がコツ、コツ、と広い校舎に反響する。この音も、ポケットの中でひそかに生配信しているスマホに拾われているはずだ。視聴者は、フォロワーは、気づいているだろうか。いまのわたしが、どれほど危険な状況にいるのか。
「君は、顧問の先生のことを尊敬していたんだね」
階段へ差しかかったところで、教頭が不意に口を開いた。
声はいつも通り柔らかい。だが、その奥にひやりとした金属の針が潜んでいる。
「……はい」
「彼女はいい先生だったよ。だけどね、教育は優しさだけじゃ駄目なんだ」
その言い方に、背筋へ冷たいものが走る。
時間を稼がなければ。刺激しては駄目だ。
わたしはなるべく平静に返事をした。
「……そうですか」
教頭の声が熱を帯び始めた。
「宮沢賢治だの、平和だの、そんなぬるい理想で子どもを甘やかしてきた結果が、今の日本だ。戦後日本は間違った思想に毒されてきたんだよ。やっと私は気づいた。教育とは国家を強くするためにあるのだと」
狂気の匂いが濃くなる。
わたしは心の中で震えながらも、冷静な部分で思う。
この配信は証拠になる。私ひとりの恐怖で終わらせてはいけない。この男を逮捕してもらい裁いてもらわなくては。
教頭は続けた。
「戦争こそが人の精神を鍛える。民族を輝かせる。これが世界の真実だ。最近ね、私は多くの動画で真理を学んだ。あの女性教師は、それを否定した。だから——」
わたしは、息を飲んだ。ここが重要だ。ポケットの中のスマホに音声が届いているだろうか。犯人の自白が配信できる。フォロワーのみんな、これを聴いたら警察に連絡して。
犯人の自白は生配信されるのか?!




