第1話 屋上の銀河鉄道 -先生との甘い思い出-
文芸部の女子高生「わたし」と顧問の女性教師は、放課後の屋上でAI動画アプリを試していた。
現実の姿をアニメに変換するそのアプリで、ふたりは『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラになって遊んでいた。
幸せな時間。
第1話 屋上の銀河鉄道
風が気持ちいい日の放課後だった。
風の音と、グラウンドの方から聞こえてくる吹奏楽部の練習の音が混ざって、空が少しだけ遠く見えた。
わたしはスマホをフェンスに固定して、ショート動画の録画の準備をしていた。
フォロワーはそんなに多くないけれど、屋上から見る夕焼けを共有したいと思っただけだ。
でも、背後からやさしい声がして、わたしは思わず振り返った。
「配信はダメよ」
白いブラウスの腕を組みながら、文芸部の顧問の先生が立っていた。
髪が風に揺られて夕日でキラキラ輝いている。
「顔出しはダメよ。いろんな人が見てるのよ。変なトラブルに巻き込まれたら、取り返しがつかないんだから」
「だいじょうぶですよ、先生。AIで変換してるんです。顔は出てません。配信もまだしてません。」
「変換?」
わたしはスマホの画面を見せた。
そこには、リアルタイムでわたしの顔が、アニメ風のキャラクターに変換されていた。髪の色も目の色も違って、まるで別人だけど、どこかわたしの面影もある。
「へえ……本当に変わるのね。今の技術ってすごいわね」
「ほら、先生もやってみます?」
先生は少し笑って、「じゃあ、ちょっとだけね」と言った。
わたしはスマホをフェンスのポールに固定し、インカメラでふたりが映るように角度を調整する。
アプリを開くと、AIが自動で人物を検出して、キャラクターを割り当ててくれた。
「わたしがジョバンニで、先生がカムパネルラですね」
「まあ、『銀河鉄道の夜』ね。素敵…。文芸部でも読んだことがあるでしょう?」
「ええ。先生が去年、朗読してくれたやつです。あの時、少し泣きそうになりました」
「そうだったわね。ジョバンニもカムパネルラもアニメ風の美少年になるのねぇ。」
「でも、あのとき朗読のあと教頭先生が怒って乗り込んできてたいへんでしたね。あのあと先生、教頭先生とケンカしたんですか。」
「ケンカじゃなくて議論しただけ。それより、そのアプリ、先生によく見せて。」
アプリの中の映像では、わたしたちが空を背景に並んで立っていた。
夕焼けがそのまま銀河に滲んで、現実と物語の境目がふわっと溶けていく。
「ほんとうに実際の映像は配信しない仕組みなの?」
「先生、これリアルタイムでAIがアニメーションに変換してるんですよ。実写映像はネットにも流れないし、スマホにも残らないんです。アニメーションだけ記録されるんです。」
「すごいわねぇ。ちょっと銀河鉄道の夜の登場人物になりきってみましょうか。」
「じゃあ… カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
わたしが冗談っぽく言って先生の手をとると、先生は少し照れたように笑った。
「ふふ、ジョバンニ、それボクの死亡フラグじゃないの。」
「あっ、そうでしたね。先生、いや、カムパネルラごめんなさい。ふふふ。」
先生は少し真面目な顔になって、スマホの方に目をやった。
「でも、この動画も配信してはダメよ。楽しい思い出にしておきましょう。」
「はい、わかりました」
わたしはペコリと頭を下げた。
先生の目は、ほんとうに優しかった。
「じゃあ、ジョバンニ、そろそろ地球に無事着陸しましょうか」
「はい、カムパネルラ」
ふたりで笑い合う。
その笑い声が、風に乗ってフェンスの向こうに消えていく。
そのとき、わたしはちょっとだけトイレに行きたくなった。
だからスマホをフェンスに固定したまま、階段へ向かった。
「すぐ戻りますね、先生」
「ええ、わかった。荷物は置いていきなさい」
先生の声が背中を追ってくる。
夕日が、先生の髪を金色に照らしていた。
鉄のドアを押して階段を下りながら、わたしはふと思った。
あの動画、本当に配信したらダメなのかな。だって、あんなにキレイな空、あんなに楽しそうな先生の笑顔。キレイな人の顔はキャラクターに変換されてもキレイなんだなあ。あんな美少年の笑顔をわたしの動画のフォロワーにも見てほしいって思ったから。再生数とか、いいね、とか抜きにそう思ったのを覚えている。
でも、今思えば、あれが最後に見た「先生の笑顔」だった。
幸せな時間は長く続かなかった…




