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先輩、百物語しましょ!

作者: 筋肉豚まる

「せんぱぁい 夏らしい事しましょうよ。」


 俺はパソコンのキーボードを打つ手を止め、研究室のど真ん中に置いてあるテーブルに頬杖付きながら、退屈そうにしている文芸サークルの後輩を一瞥する。


「今、俺が学会用にスライド作ってるのが目にはいんねぇのか。」


 今日は午後に来る教授に進捗を見せなければならない。そんな忙しさの中で、こいつと遊んでる暇なんかない。


「見えてるから言ってるんです。息抜きですよ。息抜き。先輩最近忙しいじゃないですか。遊んでくださいよ。」


 後輩はそう言うと、びたーっと上半身をテーブルにくっつけぼやき出す。俺はため息を大きく吐いてから、彼女に言う。


「一年なら、一年らしく同級生や俺以外のサークルの奴らと遊んで来いよ。俺はもう半分サークル引退してるんだぞ。」


 俺がそう言うと、後輩はテーブルにくっつけていた身体を起こし、目を細めて嬉しそうに言う。


「だって、先輩が1番話が面白いんですもん。一緒にいて1番楽しいですよ?」


「そら、どうも。」


 この気のある素振りを俺は適当に受け流しながら再びパソコンに向き直る。つい最近まで高校生だった奴の言葉に本気になるようなやわな揉まれ方をこの5年間大学でしてきてはいない。


「先輩はズルいですよ。研究費でただで京都に旅行に遊びに行くなんて。私も夏らしい事したいです。」


 あまりにも失礼な物言いに俺は流石にカチンと来て彼女の隣の席までローラー付きの椅子で移動して言う。


「お前、院生と学会を何だと思ってんだ。研究費で行くつっても、そもそも学費を払ってるわけだしそんなに有り難みねーよ。まぁ、楽しみの一つでもないとやってられねーから、現地の飯は食ってくるけどな。」


「ずるいですよ。先輩だけ夏を堪能して、私にもその夏の思い出をください。」


「...んじゃ、何がしたいんだ。一応聞いてやるよ。」


「本当ですか!なら、百物語しましょ!夏といえばホラーじゃないですか!文芸サークルのネタ集めにもなりますし。」


「まぁ、良いけどよ。何の話するんだ。」


「そうですねぇ、夏ですし、山の妖怪、山姥の話なんかどうでしょうか。知ってます?山に棲みついて人間を襲うおーっかない妖怪です。」


 そう言って、後輩は両手を鉤爪のようにして俺に襲いかかるような素振りをしてくる。


 ...山姥ねぇ。


「...それ単にボケて家族が面倒見切れずに、姥捨山に捨てたけど、脅威の体力で生き残ったババアなんじゃねぇの?」


「何て事言うんですか!酷すぎますよ!」


 そう言って、後輩は俺の髪の毛の上から頭に鉤爪を軽く引っ掛けてくる。


 くそ、やめろ。ハゲたらどうする。


「いや、お前酷いも何も、誰もがまずその感想を抱くだろうが。」


「そんなの先輩だけですよ!もう良いです!次、先輩から話してくださいよ。」


 不貞腐れてプイッと顔を背ける後輩に、俺は、「んー、」と人差し指に顎を乗せ少し考える。


「そうだな、山姥がババアの話だったし、次はジジイの話でもするか。子泣き爺だ。」


「あ、知ってます!有名ですよね。」


「どう考えてもこの妖怪スケベジジイだよな。ボケ老人のふりして、赤ちゃんのように泣き喚いて、背中に乗っかってくるなんて完全にエロジジイの行動だろ。その家に来たお嫁さんからしたら妖怪にしか思えなかっただろうな。何ともホラーな話だ。」


「どうして先輩はそういう話しか出来ないんですか!こんな山姥や子泣き爺がボケババアやスケベジジイだった説の話なんて、文芸誌に載せられるわけがないでしょう!!!」


「んじゃ、何のホラー話をすれば良いんだ。ターボババアか?砂かけ婆が良いか?」


「良い加減ジジイババアから離れましょうよ!」


「妖怪なんて大概ジジババの話だろう。ジジババから離れたらホラー話なんて出来やしないだろ?」


 俺はこの後輩を揶揄うようにケラケラと笑い出すと彼女は頬を膨らませ、むくれている。


「でも、先輩の言う通り、妖怪の話ってそういう些細な日常の事からきてそうなところはあるんですかね。」


「まぁな。ホラー話を聞いてると、あぁ、これ知的障害で生まれてきた人の話かなとか、肢体不自由な人なのかなと感じるところもあるからな。有名どころの怖い話だと、くねくねも熱中症の説があるな。熱中症が原因で目眩を起こして、周りがくらくら見えたりしたって事なんじゃねーかって話。それが原因で脳にダメージ負って知的障害になってしまったとすると色々辻褄が合うしな。」


「...なるほど。山姥もそうだし、子泣き爺もそうですけど、やりきれなかった思いなんかを妖怪にして心を慰めたのでしょうか。」


「一概に全部がそうとは言えないだろうけどな。ただ、見方を変えて怖い話を考察してみるのも面白いかもしれないな。」


「なんだかんだでちゃんとホラー話が出来たと思います。文芸誌の良いネタ集めになりました。...また来ますね。先輩。」


「ああ。いつでも俺はゼミにいるから暇になったら遊びに来い。」


「ありがとうございます。そういえば、先輩。ホテルって、ちゃんと取ってるんですか。夏休みの京都なんてもうこの時期に絶対に取れませんよ。」


「え、」


 この日俺は1番冷たい汗が背中に流れた。

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