第3話 精神病
いきなりの言葉に動揺する橘奏だが、すぐ冷静になり、普段の表情に戻り、早矢川蓮太郎に言葉を返す。
「どうして、そう思ったの?」
「根拠がある訳じゃない、ただなんとなく。強いて言うなら、さっき橘さん、自分が情けないって言ってたでしょ? その時、どこかやるせなさを感じた様に見えた」
「……」
会話の中、ほとんど笑顔での表情が続いていたが、真面目な表情に変わり、彼女は本音を語る。
「凄いな。よく見てるね、人の事。 うん、そうだよ。 ニュースで自殺した彼とは、小学校が同じだった。 名前は影村蓮、最近じゃ小説を書いていた」
「小説……」
「蓮太郎君、今更にはなっちゃうんだけど。私の話、聞いてもらっていい?」
「うん」
その言葉にホッとし、橘奏は話す。
「ありがとう。 蓮君とは小学校が同じで、付き合っていた訳ではないけど、仲はホントに良かったと思う。 よくお互いの家に遊びに行ったりもしていたし。 小学校を卒業して、中学が別になって、それでもたくさん遊んでた。あの日まで」
「あの日?」
「中学二年生ぐらいかな、彼からの連絡が少なくなって、いつしか来なくなった。そう言う時ならではの男子あるあるかなって、勝手に決めつけてた。その中学には、同じ小学校からの付き合いがある加代ちゃんがいるんだけどね。蓮君と話せない時、よく加代ちゃんが話を聴いてくれて。その時初めて知ったんだ、蓮君の事」
「なにを知ったの?」
「蓮君が、虐めを受けてるんじゃないかって」
「……マジか」
虐め、学生だけでなく、あらゆる場所に存在する。ほとんどの場合、している側は軽いノリのようなもの。だが受けている身からすれば、地獄そのもの。 靴を隠されたり、パシリにされたり、エスカレートすれば、暴力さえも含まれる。
「受けていると言わなかったのは、実際この目で現場を見てなかったから、断言できなかったみたい。 でも明らかな空気と蓮君の様子がおかしい事には気づいて。と言うのも、最初の方は普通に学校へ登校していた蓮君が、中学二年生の半ば、突然来なくなった。 最後に学校で見た時、腕に痣のようなものが一瞬服の隙間から見えたみたいなの。それに酷く怯えていた」
「バレないよう、先生とかの目を盗んでやっていた」
「うん。だと思う。だから報告しようにも、現場を見たわけでもなければ証拠もない。ごめんねって、加代ちゃんはずっと私に謝ってた。加代ちゃんが悪い訳じゃないのにね」
「でもさっき……最近って」
「うん。会えるまで回復して、最近まで会ってたの。 高校に入れるまで、中学は不登校。もちろん鬱病と恐怖が原因。ずっと家に居たって聞いた。 時間こそかかっているし、完治をした訳でもないけど、私と話せるぐらいには回復してて、色々聞いた。さっきの小説もその一つ」
「そうだったのか」
「うん。だからニュースを見て、私はどうにかなりそうだった」
「屋上へ来たのは……」
「死のうと思った。一緒にいたはずなのに、蓮君のSOSに気づけず、何もできなかった自分が嫌で。教室でニュースを見てすぐ、世界から色が消えた。絶望、虚無感、色々な物がごちゃまぜになって、自分でもなにがなんだか分からなかった。でも蓮君のお母さんから電話がきて、話したの」
「お母さんから?」
「うん。私に伝えなかったのは、もちろん気遣ってのことだったみたい。でもその時の私はどうしようもなく涙が止まらなかった。 電話中、お母さんにずっと謝っていた。なにもできなくてごめんなさい、会っていたのに、気づけなくてごめんなさいって」
「奏さん……」
「でもお母さんは、教えてくれた。蓮君の事を。 蓮君は、精神的にとてもやられていて、自分でもいつ死ぬのか分からなくて怖い。でも最後には毎回、私に会いたい、私と会っている時がいつもの自分になれるって、言ってくれたの。 それが依存と言われようが、どうでもいい。ただ蓮君が言ってくれてみたいなの。もし死ぬ時があっても、私には言わないでって、思い詰めてほしくないって。お母さんはそれを、私には知る権利があるって、教えてくれた。 その言葉を聴いて、私は生きようって決めた。ここで私も死んだら、もっと自分が嫌いになる。それだけは嫌だった」
「そうだった……のか」
「だから私は、絶対に死ねない」
「でも、ならどうして屋上に?」
「言った通り、君に会いに」
「どうして僕に?」
「先に謝るね」
「……なにを?」
「君に嘘をついた事」
「嘘?」
「スマホの画面、見てないって言ったけど、実はこっそり見えてたの、今回で二回目」
「え! 嘘!?」
「ホント」
「ん? 二回?」
「うん。最初はなんか可愛いVTuberの動画、そしてさっきはベヒーモスって言う動画配信者を見てたでしょ?」
「奏さん、ベヒーモス知ってるの?」
「うん。怖い話は苦手なんだけど、喋りが上手いし面白いから、気づいたら見てるの」
「凄い分かる」
「今回の話、どうだった?」
「え? まぁ怖いながらも、伝わるものがあるなって」
「怖い中に、泣けるシーンやエピソードがあるからね」
「そうそう!」
「タイトル覚えてる?」
「話の?」
「そう」
「今回は、マジメなやつってタイトルだったかな。それがどうかしたの?」
「これまでのタイトルは、覚えてる?」
「まぁ、最近怖い話がやったばかりだから、覚えてるよ。一つ目が、タイトル。タイトルにそれを使うの、ちょっと笑ったけど、二つ目が日常、三つ目が恋バナ」
「なにか気づかない?」
「え?」
「タイトルを見て」
「タイトル、日常、恋バナ、共通点でもあるの?」
「タイトルの並びを見て、視点を変えてみて。例えるなら、日常は、なぜかひらがなでにちじょう、それの見方を他にも」
「たいとる、にちじょう、こいばな、なぜが全部ひらがな。なんでだろう」
「色んな視点で見てみて、蓮太郎君なら、気づくはず」
「え?……!?」
「気づいた?」
「これ……でも、偶然……」
「根拠はない。でも、ホントなら」
「奏さん……」
「私、今ストーカー被害にあってるの」
「え?」
「そしてこのメッセージ」
「たいとる、にちじょう、こいばな、一見普通なのに。一つめ、二つめ、三つめと見方を変えると、ある見方をしたら」
「たいとる、た。にちじょう、ち。こいばな、ば。そして今回、マジメなやつ、な。繋げると、橘」
「……偶然じゃないとしたら」
「次に五個目で、五番目が、かだとしたら。犯人かも。その配信者本人かはともかく」
「……嘘」
「蓮太郎君に会いに来たのは、君の洞察力と推理力を知りたかった。普段から推理ものの小説を休み時間に読んでいた君に。改めて、早矢川蓮太郎、私と、闘ってほしい、そして、私を助けてほしい」