第2話 ネットワーク
「え……死……えっと」
いきなりの強烈な言葉に、動揺する蓮太郎。
「言葉が強烈だったね、ごめん」
「えっと、どういう意味で」
「蓮太郎君、君は動画とか見る人?」
「え、まぁ見るけど」
「好きな配信者とかいる?」
「そりゃあいるけど、急になに?」
死ぬ前という言葉や、蓮太郎の趣味を聞いたり、困惑するのも、無理はない。
「私さ、気になった事は結構聞きたい性格なんだよね」
「そうなのか。 だとしても、色々情報が多すぎるよ」
怒っている訳ではないが、様々な情報量に、少し疲れた蓮太郎。
「そうだよね。 じゃあ言い方を変えるね。 蓮太郎君はさ、ネットワークについてどう思う?」
「ネットワーク? 電波とか動画の話?」
「う~ん……まぁ、それはそうなんだけど、なんて言えば良いのか。 怖い? ネット」
「え……」
「私は、怖いよ」
「……どうして?」
「今ってさ、スマホを通じてなんでも分かる時代じゃん? ニュースに動画、ゲームなどなど。 とても便利だよね、便利すぎて怖いぐらい」
「便利なのは良い事じゃない? 何が怖いの?」
「ネットワークの存在、そのものだよ。私はネットワークの事を、たまにこう呼ぶんだ、《《仮想空間の処刑台》》って」
「怖いネーミングだな」
「今の時代、色々な物が発達、復旧したりの世の中じゃん? 分かりやすく例えるなら、さっきも話したスマホとか。あれでだいたいの事が出来ちゃう。 皆、取り憑かれた様に握ってる。」
「まぁ無いと困るし、切り離せない存在だよね」
「もしさ。 突然国が私たちのスマホを取り上げる時が来ちゃったら、どうなっちゃうんだろうね。」
「そんな時なんて」
「絶対来ない。そんな保証なんてないよ、蓮太郎君。 私はそういう立場になった事がないから、別に考えが出てくる訳では無いけど。 でも今はスマホで動画や連絡、地図にゲーム、リモコンの代わりなど、スマホを持っていない人が、ほぼいない世の中」
「まぁ、イヤホンで音楽聴いたりとか、俺もするけど。 奏さんは、スマホを捨てろとか、そういう考えの人ってこと?」
「いや、そう言う訳じゃない」
「でも……そう聞こえなくもないよ?」
「私は、ただ怖いだけ」
「どうしてそこまで」
橘奏が、ネットワークに対して抱いている恐怖、なぜ怖いのか、あまりピンと来ない蓮太郎。
故に彼は気になった、橘奏と言う一人の人間を。
「昔はさぁ、街中で有名人を見つけたら、嬉しいよね。 サインとか欲しいし。 でも芸能界の人間だから、色々規制だったりもあるだろうし、スキャンダルなんてもっての他、雲の上の人」
「それは今も同じじゃない?」
「芸能界は、ね。今はどう? さっき私は、君に聞いたよね? 好きな配信者とかいるのって」
「もしかして」
「そう。芸能界の事務所に脅迫電話やメール、少しぐらいは耳にした事あるよね。 当時はただ怖い人がいるんだなと思っただけだった。 でも今は、言っちゃえば一般人でも、有名人へと早変わりの時代。下済み時代とかあるだろうけど。 芸能界で長年生きた者と、それらから無縁の人間が、つま先だけでも踏み込んだら、どうなると思う?」
「有名にはもちろんなる。でも……」
「当時芸能界の人間にあった脅迫電話やメール。 耐性がある人間がいたとしても、それでも心に傷を負う。その恐怖を、全く耐性がない人が、ネットで強烈な言葉を浴びて、ただで済むと思う? 中には命を絶つ人もいる。 そしてそれを、面白おかしく動画のネタにして、侮辱する」
「中には動画配信者に対して強烈な恋を本気で抱いて、住所を特定、ストーカーの問題だったりも、珍しくないからね」
「そうなった原因、動画に収益が付いたことだけが原因だと思う? 実際それで生きている真っ当な人もいる。 収益を無くしてほしい訳じゃない。でもさ、ここまで人を残酷にしたのは、一体なんなんだろうね」
「人の本質……とか」
「それのトリガーが、たまたまスマホだった。 まぁ実際の原因なんて、この時代に限らず分からない。強いて言うなら、一つの概念ではなく、多種多様の、いくつもの要因が重なった結果。 それぐらいの答えが、私の限界だった」
「今は色々発達して、便利な世の中。でも」
「そう便利、それは事実。でも便利故に、その陰はとても真っ暗だよ。 今日だって、知らない学校の同い年男子が自殺。 彼がどうして、命を経ってしまったのか。 今では誰も知らないし、知れもしない」
「死ぬのって、どうしてこんなに多いんだろうな、もちろん死んだ事がないし、死にたくないけど、怖くて堪らないもののはずなのに」
「イジメ、ネットなどでの誹謗中傷、原因は色々あれど、皆が深く考えてない故に起こる。 実際の人が誰かを刺し殺す。 場面が違うだけで、本質は同じだよ。ネットの誹謗中傷、ネットで文字は簡単に打ち込める。 ただそこに行き違いが起こる事は、決して珍しくない。 なんせ文字だけ、直接会って言われてる訳じゃないから、一体どんな気持ちで相手が打ち込んだのか、きっと分からない人がほとんど」
「確かに友達同士の軽いのりで、死ねよとかとんでもワードが出るけど。仲良しが出来上がっているなら、軽いジョークで流せる。けど、文字で言われたら、いくら友達でも難しいだろうな」
「しかも誹謗中傷は、見知らぬ誰かからそういった言葉を浴びる、怖いなんてもんじゃない。 なんせ命を絶つ。人格否定、家族や友人への侮辱、更には住所特定まで」
「その力、警察とかに活かせばいいのに」
「全くね。 誰が想像できたんだろう。こんな世界になるなんて」
「きっと、誰にもできないよ」
「私は、自分が情けないよ」
「え……どうして?」
「こう思っていても、どうにかできる力が、私には無い。 思いつかない、愚痴ような事を吐いた所で、世界は変わらない。なのにこんな善人ずらして、自分でも気持ち悪いよ、私にはなにもできないのに」
「奏さん……」
「ごめんね。重い話をしちゃって」
「大丈夫。 ただ意外だったな」
「意外?」
「うん。名前を知らなかったのは、ホントに申し訳なかったけど、合致してなかっただけなんだ」
「合致って、どういう事?」
「廊下とかで名前は聞くから、橘さんって綺麗で美人だよなって」
「別に私は……まぁ、悪い気はしないけど」
「橘さんと話して、少し分かったよ」
「……一体どんな事が分かったのか、聞いてもいい? 蓮太郎君」
「ニュースであった、自殺した男子生徒。その人と橘さんって、知り合い……だったりするのかなって」
「!?……」