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それから僕たちは占い館の受付で当たり障りのない話をした。最近の天気がどうだとか、八月に横浜で開催される花火大会の話だとか。そんな生命保険会社の営業が得意先でするような毒気のない話だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただただ言葉のキャッチボールをしただけだ。でも悪い気はしない。どうやら文子さんはそのエキセントリックな見た目に反して内面は至ってまともな感性を持っているようだ。
「――ちょっとは表情緩んだね」
会話が一段落すると彼女はそう言って懐から水戸黄門に出てくる印籠と細いペンケースが繋がったような道具を取り出した。どうやらそれは煙管のようで、彼女は慣れた手つきで火皿に煙草の葉を詰めるとそれに火をつけた。その所作一つ一つに無駄がない。まるで時代劇映画に出てくる花魁のようだ。
「さっきは酷い顔してたよ? この世の終わりみたいな」
文子さんはそう言うと煙管の煙を一口吸った。そしてそれをゆっくりと天井に向かった吐き出すと「生き地獄でも味わってたでしょ?」と続ける。
「ハハハ……。まぁ」
僕は誤魔化すでも肯定するでもなくそう答えた。そして自然とため息がこぼれる。
「ふーん。そっかそっか。じゃあ……。お姉さんにその話聞かせてくれない?」
文子さんは至って落ち着いた口調でそう話すと再び煙管を吸った。吸った口からは薄らと白くて細い蛇みたいな煙が漏れた――。
そこからのことはまるで夢の中での出来事のようだった。僕は自分でも信じられないほど悠長に今置かれている状況について彼女に話をした。いや……。話したというよりは吐き出したといった方が正確かも知れない。そして気づく。どうやら僕は自身で思っていた以上のあのメンヘラ女のことで精神をすり減らしていたらしい。
僕が愚痴とも状況説明とも言えないような話をしている最中、文子さんは不誠実な相づちを打ち続けた。煙管の中に煙草の葉を詰め直したり、時にはわざとらしく欠伸までした。最悪な態度。客観的に見ればそう感じると思う。でも……。そのときの僕にとっては彼女のその不遜な態度がありがたかった。ただ気持ちを吐露したいだけ。相手が自我を持っている必要はない。哲学的ゾンビだって構わない。逆に下手に自我があったとすれば……。僕はここまで深く彼女に事情を話さなかったと思う。
気がつくと僕は彼女に小一時間ほど愚痴をこぼしていた。そしてそのことに気づくと同時に自身の中に溜まっていたどす黒い感情が薄れているのを感じた。久しぶりに目の前がクリアになったように感じる。憑き物が落ちた。まさにそんな感覚だ。
「――という感じです」
僕はそう言葉を締めくくると大きな脱力感に襲われた。そして急な眠気に襲われてそのまま意識が途絶えた――。




