1-6
占い館の店内はお香の煙で満ちていた。別に煙たくはない。甘く、どことなくスパイシーな。そんな心地よい匂いがするだけだ。
僕はそんな嗅ぎ慣れない匂いを嗅ぎながら店内を見回した。左手には黒檀に鳳凰の彫り物がしてある受付台。右手にはか細いサボテンのような多肉植物が置かれていた。おそらくこの多肉植物は……。月下美人だと思う。余談だが僕はこの手の植物には割と詳しいのだ。理由は単純。僕の大学での専攻が生物学だからだ。特に植物学ではゼミにも入っているし、知識があるのは当然のことだろう。
閑話休題――。まぁ、ともかく僕はそうやって店内を観察していたわけだ。そして文子さんはその間、受付でバインダーに挟まれた書類に何やら書き込んでいた。どうやら彼女はこの店では受付の仕事をしているらしい。
「えーと。何か飲む?」
不意に文子さんはそう言ってカウンターから顔を上げた。そして「玉露かウーロン茶かコーヒーなら出せるけど」と続けた。和洋中のドリンクセレクト。まるでちょっとだけ高級なファミレスのようだ。
「……じゃあ玉露で」
「お、いい趣味だね。ではではカフェインおばけのお茶を入れるよ」
文子さんはそう言うと店の奥へとは消えていった――。
その後。僕はカウンター横に備え付けられた椅子に腰を下ろした。そしてあらためて店内を見回した。なかなか奇妙な雰囲気の店だ。生活感がなく、それでいて異様なまでの人の気配を感じた。おそらくこの建物の中には今も僕と文子さん以外の人間がたくさんいるのだ。悩みを抱えて占いに頼ろうとする者とそれにアドバイスすることを生業にする者。そんな人たちが数多いるのだと思う。
何の気なしにカウンター裏の窓に目を遣る。するとそこには雑多な中華街の裏路地があった。景色の中に観光客は少ない。いるのは食品の搬入業者やら中華料理屋の店員やらだ。窓から見える路地はメインストリートではないのだ。あくまで中華街のバックヤード。そんな役割を果たす道なのだと思う。
僕はそんなことを考えながらぼーっとしていると文子さんが「おまたせ」と戻ってきた。彼女の手には朱色のお盆、その上には真っ白な湯飲みが二客。どうやら文子さんは自身のお茶も一緒に持ってきたらしい。
それから僕は「すいません」と言ってそのお茶を受け取った。文子さんはそれに「いえいえ」と返した――。




