1-2
その後。僕は庵主と軽く世間話をしてから恋文堂に戻った。外出時間はおよそ二時間。結構な時間サボってしまった気がする。
「戻りましたー」
店に戻った僕は恐る恐る文子さんにそう声を掛けた。流石にサボりすぎたし多少は嫌味言われるかも……。そう思ったのだ。
「おかえりー。ナイスタイミング! ちょうどお客人帰ったところだよ」
僕の心配を余所に文子さんは上機嫌に僕を迎え入れてくれた。その反応から察するにどうやら今日の客人は文子さんの眼鏡にかなったらしい。
「なら良かったです。あ、これ回収してきたお金と庵主からの差し入れです」
僕はそう言って庵主から預かった荷物を文子さんに手渡した。文子さんはそれをありがたそうに受け取ると中身を取り出した。中身は万札が入った封筒と小川軒のレーズンサンド。思えば庵主には毎回このお菓子を貰っている気がする。
「おぉ。ちょうどお茶菓子欲しかったんだ。さっすが希海ちゃんは気が利くぅ」
文子さんはそう言って嬉しそうにレーズンサンドの箱を空けた。そして二個手に取ると一個僕に向かって投げる。(ちなみに希海ちゃんというのは庵主の本名だ。文子さんは機嫌が良いときは庵主をこんな気安い呼び方をしている)
「ありがとうございます。……まぁ。さっきご馳走になってきたんですけどね」
「だろうねぇ。希海ちゃんほんと小川軒の常連だからさ。私も年がら年中こればっか貰ってる気がするよ」
文子さんはやや呆れ気味に笑うとレーズンサンドを半分かじった。そして「でもこれ美味しいよねぇ」と頬を緩めた。文子さんは甘い物に目がないのだ。特にあんみつやらみたらし団子はお気に入りで毎日のように食べている。よく体型維持できていると感心するほどに。
「それで? 今日のお客さんどんな感じだったんですか?」
僕は貰ったレーズンサンドをポケットにしまうと文子さんにそう尋ねた。すると文子さんは「ああ、うん」とカウンター上に置かれた便せんを僕に差し出した。ピンク色の可愛らしいウサギのキャラクターが描かれた便せん。どうやらこれが今回の依頼品らしい。
「まぁ今回は悪くなかったんじゃないかな? 校正箇所自体はほぼなし。ちょっと感情がダダ漏れなとこもあるけど初々しくて可愛らしかったよ。あとは……。相手の殿方にちょい難ありって感じかな? ほら、年増いかない男女ってだいたい気の迷いで恋に落ちるからさ。恋に恋して相手のことなんか考えちゃいないってのが本音じゃないの?」
文子さんは分かるような分からないようなことを言うと左目を擦った。そして「まぁ読んでみれば分かるよ」と続ける。
それから僕はその『初々しくて可愛らしいラブレター』に目を通した。そして一通り読み終えると文子さんの言っていた言葉の意味が何となく理解できた。要は中高生が己の思いの丈を精一杯綴っただけの甘酸っぱい恋文なのだ。ある意味ステレオタイプのラブレター。身も蓋もなく言えばそんなものだと思う。
「何か……。可愛らしいですね」
僕は簡素で簡単な感想を言ってその手紙を文子さんに返した。我ながら語彙力がない。でもそれ以上言いようがないのだ。正直この手のラブレターはここで働くようになってから何通も読んできたし珍しくもないと思う。
「まぁそう言うなって。確かに普通だけれど……。子供がここまでしっかり思いを詰められるのは将来見所あると思うよ? あとは……。男を見る目と強かさを養えば……。良い女性になると思う」
文子さんはそう言うと手紙を持ってカウンター裏の座敷に上がった。そしていつも通り木製の車輪の付いた漆塗りの文箱にそれをしまった――。