VSチリアート③
警戒も構えることもせず、突如現れたミラはただチリアートを見据える。しかしそこに油断はない。少しでも動きを見せたら、その手に持つ剣を振るおうというほどの気迫は見せている。
背後からその様子を窺うシャーミアだったが、僅かに振り返った彼女と視線が交わった。
彼女が見せた褐色の瞳はどこか切なく、寂しそうに映る。
「……見たところ剣士のようですが、それではワタクシを斬ることはできませんよ」
「だろうな。物理技は効かないと聞いている。だがそれは、やってみるまでわからないだろう」
「すぐにわかりますよ」
彼がそう吐き捨てると、その体が徐々に粒子となって崩れていく。
ミラはそれに対して一歩踏み込み、手にした剣を軽々と振ってみせた。
霧散していくチリアートに横薙ぎの一撃が振るわれるものの、しかしそこに何の意味も生じない。ほとんど空振りと同じような結果となり、粒子がゆらりと揺らめいた。
そうして彼のその姿は完全に消失する。
「なるほどな。どうやら本当に効かないようだ」
手応えがないことを感じ取ったのか、彼女はその剣を鞘へと納める。
シャーミアはミラという目の前にいる女性の戦闘スタイルを知らない。剣を振るうということと、遠めにだが魔術による爆発も発生させていたことを目撃しているぐらいだ。
また魔術の行使を行うのだろうか、と。そう眺めていると、ミラの背に輝く紋様が浮かび上がった。
「――【天鎧】」
それは、高密度の魔力でできた光の紋様。その輝きが彼女自身を包み込んで、妖しく輝いている。
「なるほどね……」
その姿を見て、ようやく納得した。
あの日、ルアトを追い込んだ力の一端。逃げながら視認した、遠目からでもわかる圧倒的な存在感。
これほどの魔力は、シリウスやウェゼンを除いて他にはいないだろう。
「――」
彼女は何も言わずその地を蹴った。目指すは先ほどチリアートが消えた辺りだろうか。しかし、と。シャーミアは首を傾げる。
「何で、魔術じゃないの……?」
そこに叩きこもうとしているのは、彼女自身のその拳。再三にわたり物理技は効かないと言われ、彼女自身それも理解していたはずだ。
だが今まさに、ミラは虚空へと拳を振るおうとしている。
「……あれは高密度の魔力を纏っておる状態だ」
いつの間にかいたヌイが、ひそひそと声を細めて言葉を落とす。彼女に見つかるわけにはいかないと、そう思っていたのかもしれない。
「それは分かるんだけど……」
「――つまり、彼奴自身が魔術となっておると、そう定義できる」
ヌイの言葉が終わらない内に、それは起きた。
何もない空間。陰り一つ落ちないその場所を、ミラは渾身の力で殴りつける。
「――――――――っっ!?」
殴られる形で、チリアートが姿を現した。そのままの勢いで後方へと飛ぶ彼に、追撃する形で剣の柄に手を伸ばす。
「斬撃は効かないと――っ!」
チリアートはその身を翻す間もなく叫ぶ。
そう、斬撃ではチリアートは倒せない。いや、倒せなかった。それは先ほど彼女が実際に試して見せた。
だが、今の彼女は魔力を帯びている。それが放つモノであれば、あるいは――
「――天斬」
彼女は言葉と共に、勢いよく剣を抜刀した。
斬撃は、空を斬り、風を裂き、そして音すら消した。
彼女の前方にあった建物は真横に真っ二つとなり、当然その先にいたチリアート自身も。
真っ二つだ。
「は――?」
そんなチリアートの間抜けな声が漏れていたが、ミラは追撃の手を緩めない。
「――天爆」
彼女が手を挙げ、そう言い放つ。
魔力の奔流は二つに分かれた彼の足元を中心として集中し、やがてそれは――
「――っ!?」
天まで届くほどの火柱となった。
「少し頼む」
「え? ちょっと――!?」
一言だけ言い残したヌイがその火柱へと向かっていくのを、シャーミアもまた追い掛ける。
火柱がやがて消える。そこにチリアートの姿はない。
ヌイは何を思って飛び出したのか。万が一、ミラに見つかれば殺されてしまうのではないか。そんな不安が過る中、シャーミアは駆ける。
「ん……? 今、何か――」
「あ、あの……っ」
彼女が天を見上げようとしたのと、シャーミアが声を掛けたのはほとんど同時。彼女の意識が、シャーミアへと向けられた。
「ああ、貴女か。よく私が来るまで戦ってくれた、勇敢な短剣遣い」
「えと……、凄いわね。その魔術?」
何とか意識を逸らすべく、適当に話題を振る。生憎というか、彼女の性格故というか。魔獣を見る時の瞳と、こうして会話している時の様子はまるで違う。
魔獣に対しては寂寥感や救い難いモノを見るような目をしていたが、今の彼女は年相応の気の強そうな眼差しをしている。
「これは【天鎧】と言ってな。私の故郷に伝わる魔術なんだ。純粋な人型の魔獣にも通用するかどうかは不明だったんだが、しっかりと倒せたようだな」
表情を柔らかくする彼女からは、先ほどまであった圧倒するような雰囲気は感じられない。それは別人とも思えるほどだった。
ただ、やはり雰囲気は変わっても、溢れ出る気概というか、気心に変化はない。強く、自分の正義を信じる。そんな強かさが、見て取れた。
「おーい」
「ああ、仲間が来てくれたようだ。今回の件の報告をしに行かないとな」
そう言って立ち去ろうとしたミラは踵を返し、しかしまた振り返ってシャーミアの瞳を覗く。
「――すまない。一つ尋ねたいことがあるんだが……」
「……あたしに答えられることなら、答えるけど」
正直な話、早く立ち去って欲しかったが、邪険にすると余計怪しまれてしまうだろう。シャーミアはできるだけ穏便に、なおかついつも通りに振る舞って見せる。
「そうか。いや、実は先日から人を探していてな」
「人?」
「ああ、長い黒髪を後ろで束ねた、長身の男だ。瞳の色は黄金だったか」
「……」
その特徴の人物には心当たりがあった。その人物は、今は誰かのせいでダクエルの家で療養している。
該当する探し人に当たりを付けたものの、しかしそれを声に乗せるようなことはしない。表情は仮面で隠せているものの、それ以外の部分から情報を気取られるわけにはいかなかった。
「知らないわね。悪いけど」
「……そうか。いや、もう一度話してみたいと思ったのだが、まあまた会えるだろう」
ルアトは進んで会いたがらないと思うけど、と。心の中で毒を吐く。
「貴女とも、またどこかで会えそうだ」
「え……?」
まさか自分にも同じことを言われるとは思わなかった。
彼女は嬉しそうに表情を崩して、今度こそ背中を向けて、立ち去っていく。
「行ったな?」
やがて、そんな確認の声が胸元から鳴った。いつの間にか、戻っていたヌイが顔を出す。
「大丈夫よ。周りには誰もいないから。……それで、急にどうして飛んで行ったのよ?」
「ん。これを回収しようと思ってな」
彼女が差し出したその手には、小さな球体の宝石が握られていた。深紅に輝くそれは、綺麗な煌めきを放ちながらも、どこか底が見えない不気味さも内包している。
「これは、勇者イデルガが創り出した核だ」
「核……? っていうことはその中に人が閉じ込められてるってこと!?」
イデルガは人間を使って、魔獣を創り出しているとシリウスは言っていた。これがその核ならば、中に人間が閉じ込められているということになる。
ヌイも頷き、不気味に輝くそれを大切に握りしめる。
「そうだ。これから解析するが、やはり人間たちはまだ生きておるようだ」
「そう……」
良かったと思えばいいのか、それとも怒るべきなのか。当然勇者に対しては怒りを向けるべきなのだろうが、今は一先ず命が無事であることに安堵しておく。
「おい! こっちだ!」
「やば……!」
そうしていると、魔獣騒ぎを聞きつけた騎士たちの声が届き始める。
シャーミアは今、逃亡している身だ。ここで見つかるとルシアンへの言い訳が立たない。
「あたしたちも早く離れましょ」
「そうだな」
ヌイを外套に隠しながら、シャーミアは急いでその場を立ち去るのだった。
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