VSチリアート②
「……っ! させないわよ――っ」
「おや」
鳴り響く、硬質音。眼前に迫るチリアートの牙を、シャーミアは短剣二本で防いでいた。
チリアートがその身を軽々しく跳躍させ、広場の中央へと戻る。その瞳は、しっかりとシャーミアへと注がれている。
「観客の中にも、勇気のある者がいましたか。これは誤算でしたな」
蓄えられた立派な髭を弄りながら、ジロジロと奇異の視線をぶつけてくる。
シャーミアはそれに短剣を構えてみせる。
彼の能力は影を操るというもの。それも相当自由に扱えるようだ。有効距離はこの広場の観客がいるところまで届かないぐらいか?
長距離での影が操れるなら、それで作り出した刃で観客を攻撃できたはず。
冷静に、実力を測る。
短剣での攻撃は恐らく効かない。
頼れるのはヌイによる魔術だが、それに頼るべきではない。
できることは、観客を逃がすための足止めだ。
すでに襲われた観客含めて、周囲の人間はその場から離れ始めていた。
「……これでは遊戯が始められないですね」
「知ったこっちゃないわね。皆、アンタの遊びに付き合うほど暇じゃないの」
「そうですか。せめて、貴女様はワタクシと遊んでくれると嬉しいのですが」
彼は優雅にその歩みを進める。数歩踏み出した、と。それを確認したシャーミアは地面を蹴って真横に飛んだ。
直後、彼女がいたその足元から影の刃が突き出る。
「おや、中々良い勘をしていらっしゃる。しかし有効範囲にいることに変わりはない」
次々と影の刃が地面から迫り上がってくる。一瞬でも足を止めれば串刺しになるだろうが、躱せないスピードではなかった。
「……っ」
そして予めシャーミアが回避しようとした先を読んで、彼は影の刃を出現させるものの、彼女は体を反転させそれすらも躱す。
「……ここまで躱されるとは。勘が良いというだけの話ではなさそうですな」
「悪いけど、アンタの影は全部見えてるから」
正確には肌に感じるというのが正しい。ウェゼンから鍛えられた魔力の奔流を感じ取る技術により、回避することには成功しているものの、それでこの戦闘に決着が着くわけでもない。
決定打に欠ける。それはチリアートも理解していたのだろう。影による攻撃を止めて、彼はその身を僅かに屈め、足に力を籠めた。
「であれば、この牙でお相手して差し上げましょう」
言葉が飛んできた。それが耳に届いたと同時、彼の牙が迫っていた。
(速い……!)
予備動作があったおかげで短剣での防御が間に合ったものの、成人男性一人の膂力を受け止めきれず、後退してしまう。
「……消えた?」
再び視線をチリアートへと向けるが、そこに彼の姿はない。
自身を霧散させることによる、死角からの攻撃。予期できたそれに、背後からの一撃をシャーミアはギリギリで躱した。
そのまま、体を反転させて短剣での一撃を見舞う。
彼の首が鋭く裂ける。
しかし、チリアートの顔からは余裕が消えることはない。
「……厄介な能力ね」
「それはお互い様でしょう」
完全に姿を現すチリアート。先ほど付けた傷も、粒子がその穴を塞いでいく。
そろそろ時間稼ぎはできたか。こうしている間にも、恐らく逃げた観客たちが騎士たちに報告してくれていることだろう。
あるいは魔術に長けたものを連れて来てくれるはずだ。
そこまで時間が稼げれば、こちらの勝ち。
逆に相手の勝利条件は、シャーミアとの戦闘を諦めて逃げるか。
あるいはこの戦闘を瞬時に終わらせる手立てを見つけるか。
思考をしている間にもチリアートから視線を外さない。
そして同時、魔力の奔流を感じ取る。
「――」
影の刃が足元から出現し、それをシャーミアは跳躍することで容易く躱す。
一瞬、チリアートの姿が視界から消えた。
先ほどと同様の死角からの一撃だろう。魔力を感じ取ろうとするシャーミアだったが――
「……これって――」
幾つもの魔力の塊を感じる。それら全てがチリアート本体のように感じられ、どこから攻撃が来てもいいように短剣を構える。
(分身を作れるの? いや、それならもっと早く出していたはず……)
本体以外の影、例えば影の刃などは全て地面から出ていた。空中での影の操作が可能なら、もっと追い詰められていてもおかしくはない。
このチリアートの性格をよく知らないが、少なくとも相手を舐めるといった行動はしなさそうだった。
つまり、この複数感じる魔力は、ダミー。
攻撃は一か所だけ――
「――っ!」
完全に不意を突かれた攻撃だった。
それは、横腹に突き刺さるように放たれた牙による一撃。短剣での防御は間に合わない。
はずだった――
「その短剣は……」
彼の驚嘆に付き合っている暇はない。すぐさまその顔面へと手に持った短剣を突き刺す。
相変わらず血は出ない。表情が苦痛に歪むこともない。シャーミアはその一撃だけ入れて、距離を取った。
「ふう……。いや、中々面白い魔道具ですな。体内から自由自在に生やすことができる代物とは」
チリアートの一撃は《カゲヌイ》によって防御した。だが有効なのは基本的に一度限り。これを見せてしまっては、相手もまたそれを対策してきてしまう。
ここからが本当の山場だ、と。短剣を構え直したところで、聞き慣れない声が響いた。
「――足止めご苦労だった。勇敢な短剣遣いよ。後は、私に任せて休んでいてくれ」
思わず、振り返ってしまう。
その声の主はそうしてしまうほどの、雰囲気を放っていた。
「……来客は歓迎ですが、貴女様は?」
チリアートが初めて、その余裕を消した声でそう尋ねた。
そして、シャーミアもまた俄かに体を強張らせる。彼女の容姿、放つ雰囲気に覚えがあった。
彼女は毅然とした態度で、ただチリアートを見据える。
「私の名はミラ=アステイル。勇者を志す、流れの傭兵だ」
肩で短く揃えた金色の髪を揺らして、鋭い眼光を湛える女性はそう答えた。
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