VSチリアート
ディアフルンには幾つかの広場が存在する。
それぞれ、上へと続く階段から繋がるもので、多くの通行人と店が連なっているのだが、シャーミアがそこへと辿り着いた頃には広場はがらんとしており、それを取り囲むようにまたも野次馬が形成されていた。
なんとか、シャーミアは野次馬の中を突き進んで、最前列へと躍り出る。
「ねえ、ヌイ。あれがチリアートってやつなの?」
彼女の瞳に映るのは肩から足までを隠すマントを羽織った、長身の男。黒い髪は流れるように腰にまで達していて、一目見ればただの人間のような相貌をしている。
だが、その目の前の人物が魔獣であることはすぐにわかる。
まずその口から突き出た鋭い牙。
そして何より顔色が優れない。というか、肌色が青紫だ。これまでの魔王の子を見てきたシャーミアからすれば、そっちの方に驚いてしまう。
「うむ。不服だが、驚くほど兄上と同じだ。懐かしさすら憶える」
ヌイが頷き、シャーミアは改めてチリアートへと視線を戻す。
彼は長い髭を弄りながら、周囲を見渡している。ゆったりとした、優雅さすら感じられるその所作は紳士的にさえ映る。
やがてチリアートはマントを翻して、両腕を広げた。
「いやはや、これほどのお客様を前に戦うとなると些か緊張しますなあ」
演技口調にも聞こえるが、それが彼の素の口調なのかもしれない。チリアートを囲むように対峙する武器を持った数人。彼らは騎士が身に着けているような甲冑を着ておらず、全員が自由な恰好をしている。
恐らくこの街に留まっている傭兵たちなのだろう。その内の一人が声を上げた。
「黙れよ魔獣。喋って良いのは俺たちからの質問に対する回答だけだ。まずお前たち魔獣の目的を教えてもらおうか」
「目的ですか。そうですな、ワタクシが授かった使命は暴れるというただ一点のみ。その裏にどういった意図が隠されているのかは、このチリアートにはわかりませんな」
「ならお前にそれを命じたヤツがいるだろ。そいつの名前を教えてもらおうか」
「ふむ。それならば答えられますが……。ただ答えるだけでは芸がない。ここは一つ遊戯としゃれこみませんか?」
「遊戯?」
「ええ。簡単な遊びです」
チリアートはその視線を、会話していた男から外した。
それは周囲の野次馬へと向けられる。当然、その中にいたシャーミアも彼の視線に曝された。
悪寒。あるいはそれを殺意と言い換えてもいいのだろう。彼から明確に放たれたそれを受けた観衆はざわめき、しかし動けない。
「このオーディエンスを殺して回りましょう。それを無事、止められたら話すこともやぶさかではありません」
「――っ! させるかよ!」
その怒声をトリガーとして、彼を取り囲む数人が一斉に襲い掛かる。
一人が剣を振るう。一人が槍を突き刺す。
一人が魔術による氷の矢を放つ。
全てが的確にチリアートを穿ち、切り裂き、命中した。
しかし彼は、不敵な笑みを浮かべるばかり。
「どうした? 笑うことしかできねえか?」
「いえ。この体で戦うのも久しぶりでして。嬉しくなったのですよ」
言葉と同時に、彼の姿が霧散した。太陽に溶けるように、風に吹かれるように。跡形もなく消えてなくなる。
「……倒したの?」
「いや。兄上がそう簡単にやられることはない。彼奴の特異星は『強者無き場所の凡愚』。影を操り、自身もまた影となる能力を有しておる」
「影……」
シャーミアは自身の持つ黒い短剣を思い浮かべる。《カゲヌイ》は魔道具としては破格の性能を持っている。影を刺し、対象の動きを止める。もしそれ以上の能力を持っているとするなら確かに、強敵だろう。
そう思考するものの、ヌイは先ほどの自分の言葉を否定するように首を振った。
「――だが彼奴は生前のチリアートとは程遠い。イデルガはまだ完璧な特異星を再現できぬようだな」
彼女の言葉が終わらない内に、再びチリアートは姿を現す。霧散した粒子が再度彼を構成されても、その怪しい笑みは崩れない。
「……躱されたのか?」
「ワタクシに物理攻撃は通用しません。どうぞ、ご自由に試してみてはいかがでしょう」
「そんじゃ遠慮なく――っ」
数人が再び攻撃態勢に入る。しかし、どれほど剣を振るっても、どれだけ拳で叩きつけても、まるで水を相手にしているようにその姿は揺らめき、彼からその微笑みを奪うことは叶わない。
「もう終わりでしょうか?」
「ふざけんな……。まだ終わってねえ――っ」
「いえ、もう終わりにしましょう」
「あ――?」
チリアートが指を鳴らした。
それを知覚した時には既に、彼の足元から黒い棘が突き出ており、取り囲んでいた数人がそれに貫かれていた。
「ぐっ――!?」
「おや、全員急所を避けるとは中々に勘が良い。だが、その傷ではまともに戦えますまい」
飛び散る鮮血と崩れる傭兵たちに、周囲がざわつく。もしかしてこの魔獣に自分たちも殺されてしまうのではないか。
頼りにしていた傭兵たちが敵わないと知って、不安が広場を埋め尽くす。
そんな中、シャーミアがそっと短剣に手を触れる。どうせ短剣での攻撃も効かないのだろうが、時間稼ぎにはなるかもしれない。
ここにいる野次馬を逃がす時間ぐらいは作れるだろう。
そう思い一歩踏み出そうとしたが、先に動いたのはチリアートの方だった。
「それでは、遊戯の開始といきましょう」
マントでその身を隠すように顔を覆う。
瞬間、影の刃が様子を窺っていた他の傭兵に襲い掛かった。一切の予備動作すらない攻撃に、為す術なく崩れ落ちていく傭兵たち。
一瞬の出来事に体が硬直し、動けない観客。
チリアートはその身を群衆の中へと跳躍させ、群衆の一人にその牙を突き立てようとした――
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