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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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VSチリアート

 ディアフルンには幾つかの広場が存在する。

 それぞれ、上へと続く階段から繋がるもので、多くの通行人と店が連なっているのだが、シャーミアがそこへと辿り着いた頃には広場はがらんとしており、それを取り囲むようにまたも野次馬が形成されていた。

 なんとか、シャーミアは野次馬の中を突き進んで、最前列へと躍り出る。


「ねえ、ヌイ。あれがチリアートってやつなの?」


 彼女の瞳に映るのは肩から足までを隠すマントを羽織った、長身の男。黒い髪は流れるように腰にまで達していて、一目見ればただの人間のような相貌をしている。

 だが、その目の前の人物が魔獣であることはすぐにわかる。


 まずその口から突き出た鋭い牙。

 そして何より顔色が優れない。というか、肌色が青紫だ。これまでの魔王の子を見てきたシャーミアからすれば、そっちの方に驚いてしまう。


「うむ。不服だが、驚くほど兄上と同じだ。懐かしさすら憶える」


 ヌイが頷き、シャーミアは改めてチリアートへと視線を戻す。

 彼は長い髭を弄りながら、周囲を見渡している。ゆったりとした、優雅さすら感じられるその所作は紳士的にさえ映る。

 やがてチリアートはマントを翻して、両腕を広げた。


「いやはや、これほどのお客様を前に戦うとなると些か緊張しますなあ」


 演技口調にも聞こえるが、それが彼の素の口調なのかもしれない。チリアートを囲むように対峙する武器を持った数人。彼らは騎士が身に着けているような甲冑を着ておらず、全員が自由な恰好をしている。

 恐らくこの街に留まっている傭兵たちなのだろう。その内の一人が声を上げた。


「黙れよ魔獣。喋って良いのは俺たちからの質問に対する回答だけだ。まずお前たち魔獣の目的を教えてもらおうか」

「目的ですか。そうですな、ワタクシが授かった使命は暴れるというただ一点のみ。その裏にどういった意図が隠されているのかは、このチリアートにはわかりませんな」

「ならお前にそれを命じたヤツがいるだろ。そいつの名前を教えてもらおうか」

「ふむ。それならば答えられますが……。ただ答えるだけでは芸がない。ここは一つ遊戯としゃれこみませんか?」

「遊戯?」

「ええ。簡単な遊びです」


 チリアートはその視線を、会話していた男から外した。

 それは周囲の野次馬へと向けられる。当然、その中にいたシャーミアも彼の視線に曝された。

 悪寒。あるいはそれを殺意と言い換えてもいいのだろう。彼から明確に放たれたそれを受けた観衆はざわめき、しかし動けない。


「このオーディエンスを殺して回りましょう。それを無事、止められたら話すこともやぶさかではありません」

「――っ! させるかよ!」


 その怒声をトリガーとして、彼を取り囲む数人が一斉に襲い掛かる。

 一人が剣を振るう。一人が槍を突き刺す。

 一人が魔術による氷の矢を放つ。

 全てが的確にチリアートを穿ち、切り裂き、命中した。

 しかし彼は、不敵な笑みを浮かべるばかり。


「どうした? 笑うことしかできねえか?」

「いえ。この体で戦うのも久しぶりでして。嬉しくなったのですよ」


 言葉と同時に、彼の姿が霧散した。太陽に溶けるように、風に吹かれるように。跡形もなく消えてなくなる。


「……倒したの?」

「いや。兄上がそう簡単にやられることはない。彼奴の特異星(ディオプトラ)は『強者無き場所の凡愚(ルミナ・デスペラ)』。影を操り、自身もまた影となる能力を有しておる」

「影……」


 シャーミアは自身の持つ黒い短剣を思い浮かべる。《カゲヌイ》は魔道具としては破格の性能を持っている。影を刺し、対象の動きを止める。もしそれ以上の能力を持っているとするなら確かに、強敵だろう。

 そう思考するものの、ヌイは先ほどの自分の言葉を否定するように首を振った。


「――だが彼奴は生前のチリアートとは程遠い。イデルガはまだ完璧な特異星(ディオプトラ)を再現できぬようだな」


 彼女の言葉が終わらない内に、再びチリアートは姿を現す。霧散した粒子が再度彼を構成されても、その怪しい笑みは崩れない。


「……躱されたのか?」

「ワタクシに物理攻撃は通用しません。どうぞ、ご自由に試してみてはいかがでしょう」

「そんじゃ遠慮なく――っ」


 数人が再び攻撃態勢に入る。しかし、どれほど剣を振るっても、どれだけ拳で叩きつけても、まるで水を相手にしているようにその姿は揺らめき、彼からその微笑みを奪うことは叶わない。


「もう終わりでしょうか?」

「ふざけんな……。まだ終わってねえ――っ」

「いえ、もう終わりにしましょう」

「あ――?」


 チリアートが指を鳴らした。

 それを知覚した時には既に、彼の足元から黒い棘が突き出ており、取り囲んでいた数人がそれに貫かれていた。


「ぐっ――!?」

「おや、全員急所を避けるとは中々に勘が良い。だが、その傷ではまともに戦えますまい」


 飛び散る鮮血と崩れる傭兵たちに、周囲がざわつく。もしかしてこの魔獣に自分たちも殺されてしまうのではないか。

 頼りにしていた傭兵たちが敵わないと知って、不安が広場を埋め尽くす。


 そんな中、シャーミアがそっと短剣に手を触れる。どうせ短剣での攻撃も効かないのだろうが、時間稼ぎにはなるかもしれない。

 ここにいる野次馬を逃がす時間ぐらいは作れるだろう。

 そう思い一歩踏み出そうとしたが、先に動いたのはチリアートの方だった。


「それでは、遊戯の開始といきましょう」


 マントでその身を隠すように顔を覆う。

 瞬間、影の刃が様子を窺っていた他の傭兵に襲い掛かった。一切の予備動作すらない攻撃に、為す術なく崩れ落ちていく傭兵たち。

 一瞬の出来事に体が硬直し、動けない観客。


 チリアートはその身を群衆の中へと跳躍させ、群衆の一人にその牙を突き立てようとした――

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