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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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大都市ディアフルン⑥

「む……」

「どうかした? ヌイ」


 ルシアンが自室に引きこもって、数刻。ヌイの髪を梳いたりして時間を潰していたシャーミアは明後日の方向を見たヌイに首を傾げる。


「この気配は――」


 ヌイが何かを言いかける、それよりも前に玄関扉が大きく叩かれた。


「ルシアン副騎士団長! いますか!? 魔獣の出現です!」


 扉越しにくぐもって聞こえる男の声。ルシアンに対する呼称から推察するに、恐らく騎士団の誰かなのだろう。

 ここにいることを知られるわけにはいかない。シャーミアは息を潜めて、ゆっくりと物陰へと隠れる。

 そうしている間に、体調が優れない様子のルシアンが階下に降りてきて、来客の相手を始めた。


「すぐ向かうわ! 場所はどこ!?」

「ここから三段降りた、大通りに数体。それからその反対側にある広場に一体。いずれも見たことのない魔獣です!」

「私が行くまで牽制を続けるよう伝えてちょうだい。街や住民に被害を出さないことを最優先に!」

「わかりました!」


 騎士の男は足早にその場から離れていく。物陰からコソコソと様子を窺っていたシャーミアだったが、近づいてきたルシアンに白い目を向けられる。


「ちゃんと隠れてないとダメじゃない。見つかりたいのかしら?」

「分かってるわよ。……ただちょっと気になっただけ」

「まあ、止めはしないけどね。……私はこれから魔獣討伐に行ってくるから、帰ってくるまで大人しくしてるのよ?」

「……そこまで子どもじゃないんだけど」

「ふふ。じゃあ、行ってくるわね」


 そう精一杯に笑ってみせる彼女は、しかしどこか空虚に見えて。

 目の前のことにわざと集中していたいように感じられた。

 当然だろう。いきなり魔獣を体内に埋め込まれたと言われれば誰だって動揺するし、精神にも不調を来す。


 それでも彼女が戦場へと向かうのは、その責任感の強さ故か。

 彼女が出て行って扉が閉まったその後も、しばらくぼんやりとルシアンの心境について考えてしまう。


「惑い、回り道をすることもまた、進化に必要なことか……」

「え……?」


 ヌイがうんうんと何やら分かった風に頷いている。それから彼女はクルリと回って、その美しい瞳をシャーミアへと向けた、


「お主はどうする?」


 少し、黙ってしまう。

 その問いに、どう返してもきっとヌイは肯定してくれる。彼女がそうした信条で動いているのは、ここ数日で分かっていた。

 これは、ヌイ自身のために訊いているのではない。


 シャーミアがどうしたいのか、その背中を押すために、訊いてくれているのだ。

 ルシアンにはここにいるように、言われた。

 当然今シャーミアは騎士たちから逃げている身。不用意に外に出るわけにはいかない。しかし、ただルシアンに保護されて、そこで黙って家の中でいるだけでいいのか。


 そうしていて強くなれるのか。

 それで、シリウスに近づけるのか。


「――あたしも行くわ。ルシアンさんのことも、気になるし」

「そうだな。余も少し気になることがある。それと、これを着けていった方がいいだろう」


 ヌイが何もない虚空から取り出したのは、一つの仮面。

 それはサグザマナスで購入した仮面だった。


「結局また、姿をバレないようにしないといけないのね……」

「勇者殺しとはそういうものだ。ほら、あの時の外套も生成してやった。これを着ていくが良い」

「ありがとね」


 渡された黒い外套を羽織り、シャーミアは玄関扉を開く。

 太陽は高く、陽の光が眩しく降り注いでいる。


「どこに行けばいいんだっけ?」

「この通りから三段下の大通りと言っておったな。まずはそこに行ってみることにしよう」


 ヌイの言葉通りに、シャーミアの足は下へと降るための階段へと向けられる。

 ここディアフルンという都市は城を頂点として、周囲を様々な建物が取り囲んでいる。円を描くように通りと建物が並び、階段を下るとまたさらに通りと建物が密集する。そうして円形の都市の形を築いていた。

 そして円形の一番土台となる部分が、上層部でもっとも広く人が多い場所となっており、そこから下へと降りると下層部へと行けるわけだ。

 今回はその上層部でもっとも広い場所から、数段昇った地点で魔獣が出たようだ。

 聞こえてくる雑踏にも、悲鳴が入り混じっている。


「というか、この都市にも魔獣って出るのね」

「この都市が魔獣を生み出すイデルガの膝元であることを忘れたか? この襲撃も、恐らく定期的なイベントだろう」

「イベント? 何の意味があるのよ?」


 わざわざ街を襲わせて、住民の恐怖心を煽る理由がわからない。そんなことをすれば住民はいなくなってしまうのではないだろうか。

 騒ぎの音が大きくなっていくのを耳にしながら、肩に乗ったヌイが囁くように言う。


「安全の誇示。力の象徴。庇護の再認識。そんなところだろう。生物は停滞した環境下では思考を止めてしまう。それが当然だと、思ってしまうわけだな。故に定期的に命を脅かす存在を日常に投入することによって、イデルガの造る国は外敵をものともせぬことをアピールしておる、といったところだろう」

「ふうん、回りくどいことをするのね」

「平和なことは良いことだがな。そうすることでしか自らの権威を示せぬのは、少々残念だ」


 そうヌイが溜息を吐いたところで、通りを塞ぐように作られた人だかりにぶつかった。

 人だかりの向こうでは慌ただしく鳴る甲冑の音と、聞き慣れない大きな羽ばたく音。


「アレが……」


 シャーミアの視界にも、それは映った。

 大きな翼を持つ、極彩色の大型の鳥。鋭い爪と嘴を持つその魔獣が数羽ほど飛び立つ景色は、ある種幻想的にも見えたが、相手は人を襲う魔獣。

 それらの標的は集まっている群衆へと向けられる。


「危ない――!」


 その鳥の魔獣の一羽が、勢いよく滑空。群衆へと飛び込んでいく。

 予見されるのは鮮血と、惨状。見物人たちは身構えることもなく、ただその爪で引き裂かれる、そんな光景が訪れるはずだった。


「グッ――がっ――!?」


 しかし、刹那。魔獣の身が袈裟斬りにされて、そのまま地に落ちた。いつの間にか、剣を携えた金髪の女性が、疲れた表情で佇んでいる。


「下がりなさい! 怪我をしても知らないわよ!」


 その女性の一喝に、集まって様子を見ていた群衆は若干距離を取る。それでも立ち去ろうとするものがいないのは、彼女たちが魔獣を討伐してくれると理解しているからなのだろう。


「悪くない動きだな」

「ルシアンさんがいれば、大丈夫そうね」


 精神的にやつれてしまっていたので不安だったが、振るうその剣先に迷いはなさそうに見えた。


「でもいいの? 魔獣って、シリウスの話だと人間が使われてるんじゃ……」

「安心するがよい。あれに人間の核は使われておらぬ。どうやら、位の高い魔獣にしか人間の核は用いられておらぬようだな」

「そうなんだ……」


 それを聞いてほっとするものの、それよりも騎士たちが集まり始めていることが気に掛かる。


「そろそろ離れないと……」


 ここにいて彼女に見つかるのは気まずい。仮面や外套で誤魔化しはしているものの、これだけ騎士がいるといつバレてもおかしくない。

 早々にその場から離れようとしたシャーミアだったが、ヌイの言葉が引っ掛かった。


「もう片方にも魔獣が出たと言っておったな。すまぬが、そちらにも行ってみようではないか」

「良いけど。何かあったの?」


 確かヌイは気になることがあると言っていた。この魔獣のことだと思っていたのだが、彼女が空を見つめるその瞳を見るに、どうやら違うようだ。


「うむ。余の感知が正しければ、もう片方の魔獣は――」


 懐かしむように、慈しむように。

 しかしその声を憎悪に震わせて。

 彼女は呟く。


「余の兄、チリアート。魔王の子、その第八子だ」

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