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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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シャーミアと副騎士団長ルシアン

 ルシアンに連れられたその家は、周囲に並んでいるもの同じ、二階建ての建物だった。広くもなく、狭くもない特筆するべき点のないそこは、確かに身を隠すには打ってつけかもしれなかった。


「適当に寛いでいてちょうだい。すぐにお茶を出すわ」


 内装はと言えば簡素な造りで、所々に花が飾られた花瓶があるぐらいで、他には調度品が並ぶぐらい。

 シャーミアは警戒心を隠す素振りも見せず、言われた通りに椅子へと座る。

 ここはこの都市を守る『メサティフ』の副騎士団長ルシアンの家。言わば敵の懐と言えなくもない。落ち着かずキョロキョロと周囲を見渡すシャーミアに、クスリ、と。微笑ましく笑う声と共にルシアンが戻ってきた。


「大丈夫よ。何も取って食べようってことはしないから」


 言いながら、彼女は湯気の立ち上るカップを机に置いた。香ばしい香りが鼻孔に広がり、つい手を伸ばしたくなるものの、途中でその手を止めた。


「ふふ、別に毒とか入ってないわ」


 ルシアンは自身の手元にあるカップに口を付け中身を飲んでいく。

 まあ、わざわざあの場から助けて毒を飲ませるなんて回りくどいことはしないか、と。適当にそう結論付けて、シャーミアもようやくそのカップに口を付けた。

 独特の香りと苦みの中に若干の甘さが広がる。朝から走りづめだった喉が、喜んでその飲み物の到着を受け入れて、臓腑へと沁み込んでいく。


「……あの、ありがとうね。助けてくれて」

「ううん。お礼を言われたくて助けたわけじゃないの。これも、私の打算によるものだから」

「打算? あたしを助けて、ルシアンさんに何か得でもあるの?」


 彼女はその切れ長の瞳を少し俯かせて、カップへと注ぎ込む。


「……別に、損得のものじゃないのよ。ただ、ダクエルにはこれ以上、苦しんで欲しくなかったから」


  彼女は手持ち無沙汰のように、細い指でカップを弄る。そしてやがて眉を八の字にして、困ったように笑って見せた。


「ほら、あの子責任感強いタイプだから。貴女が捕まっちゃうと、彼女、すぐ自分のせいにすると思ったから」

「……ルシアンさんは、ダクエルさんとどういう関係なの? 勇者を討伐するっていう同じ志しを持ってるのは知ってるけど」

「昔、彼女は『メサティフ』にいたの。そこでよく話していたわ」

「ふうん、ダクエルさん、元々騎士団にいたのね」


 彼女が行く先々で騎士たちから慕われていた理由が分かった気がした。元々同じ部隊の人間ならば、距離感も近いのだろう。

 シャーミアの言葉にルシアンは頷いて、そしてその身を少し乗り出した。


「そうなの。そこで、彼女の計画を聞いたわ。この国を変えるためだって、あの子は言ってた」

「勇者を討伐する目的、よね? ルシアンさんもやっぱり勇者が怪しいって思ってたの?」

「……そんな明確な理由があったわけじゃないの。ただ――」


 彼女は少し言葉を詰まらせた。そしてそれを飲み込むように、カップの中身へと口を付けて、喉を通す。


「トゥワルフ騎士団長を元に戻したかったの」

「トゥワルフ……」


 確かシリウスを連れ去った、茶色い髪を後ろで縛った少し歳のいった男性だ。元の彼を知らないシャーミアが首を傾げるのも当然で、それを見たルシアンは気まずそうに笑う。


「スキラス家が王だった頃のあの人は、優しくて誰にでも手を差し伸べていた。それでいて毅然としていて、騎士団の規範そのものだったの。私は、あの人に憧れてた」

「……今は、違うの?」

「……明確に変化があったわけじゃないの。でも、何というか、心がここにないっていうのかしら……。物事の本質を捉えることを止めて、ただ誰かの言いなりになってるような、そんな感じなの。――それが大体、イデルガ様が王になったタイミングぐらいだったから」

「だからダクエルさんの計画に手を貸してるってわけね」

「手を貸す、というほどのことはしてないわ。ただ見て見ぬフリをしてるだけ」


 そう言うものの、副騎士団長という立場ながら、王への反抗勢力と繋がっているというのは相応に精神が擦り減るだろう。

 しかし彼女は疲弊した様子も見せず、強気な視線を歪ませない。

 あるいは、彼女のその気質があるからこそ、疑いの目を向けられることはないのかもしれなかった。


「まあ、気のせいかもしれないけどね」


 そう締め括ったルシアンに何かを言いかけたシャーミアだったが、それよりも早く可憐な声が響いた。


「気のせいではないぞ」

「え……?」


 その場にいる二人ともが、同じ反応を示した。シャーミアの元から発せられた、彼女のものではない声の主が、その背から姿を現す。


「ヌイ……! アンタいつからいたの!?」


 ルシアンが反応するよりも先にシャーミアの驚きが室内にこだまする。当の本人であるヌイは腕を組み、不敵な笑みを浮かべて偉そうに口を開く。


「余とお主のリンクは物理的な距離を超越する。要は初めからずっとくっついておった」

「アンタ、いるならいるって言いなさいよね!」

「ふふ、驚いただろう。無論、ピンチになったら手を貸すつもりではあったぞ? それと、お主の大切な短剣も持ってきておいた。褒めてくれても構わぬぞ?」


 ぴょん、と。肩から机の上に飛び乗った彼女は、踊るようにクルリと回ってそう言った。


「はいはい。ありがとね」


 ただ、机に置かれる見慣れた短剣を見て、不安が幾ばくか和らいだのは間違いない。シャーミアのその感謝は、本心から来るものだった。


「……驚いたわ。気配が全くしなかった……」

「まあ、分体だからな。出力の差はあれど、基本的にシリウスと同じことができる。まずは、シャーミアを救ってくれたこと、感謝するぞ」


 恭しく頭を下げるヌイに、彼女も小さくお辞儀をした。その様子がちょっとおかしかったものの、シャーミアは何も言わないでおくことにする。


「それで、トゥワルフが変わったと言っておった件だが、推察通り勇者イデルガが関与しておる」

「……どういうことよ」


 シャーミアの疑問に、ヌイは僅かに顔をそちらに向けて頷いて見せる。


「お主は知っておるだろうが、イデルガの特異星(ディオプトラ)は魔獣を創り出すというもの。ルシアンは、知っておったか?」

「……いえ、初めて聞いたわ。イデルガ様が、魔獣を……?」

「信用できないのも無理はないが、こればかりは信じてもらうしかない」


 確かに、騎士団に所属する身からすれば、今まで倒してきた魔獣が、勇者が創り出していたものとは思えないだろう。

 納得してもらえないことも、ヌイは理解している様子だったが、しかしルシアンの瞳に宿った動揺はすぐに消えていた。


「――信じるわ。というか、それなら納得いくもの。あの、グラフィアケーンという魔獣も、普通ならこんなところに出てくるわけがないわ」

「そうだな。根拠を挙げれば幾つも浮かぶが、まさか勇者が魔獣を創るとは思わない。そうした常識の裏で、彼奴は幾人かに自らが創り出した魔獣を取り付けた」

「取り付けたってことは、トゥワルフ騎士団長もそのせいで……!?」

「そうだ。見た目上の変化はないものの、余の探知にイデルガの魔力が引っ掛かった。その先が、トゥワルフ含む人間の体内だ。イデルガは、ごく微細な魔獣を体内に取り込ませた。何かの飲み物や食事に混ぜたのだろうな」

「――っ!?」


 ルシアンの顔から一気に血の気が引いた。ヌイの言葉に思い当たる節があったのかもしれない。

 彼女はあからさまに気分を悪くしたように、目を泳がせる。


「……あの、それって――」

「ああ。お主の体内にもおる」

「――……っ!?」


 ルシアンの体が弾かれたように、台所へと向かった。彼女のえづきが虚しく響く中、シャーミアは居ても立っても居られずにヌイへと問いかける。


「……ねえ、魔獣を体内に入れても大丈夫なの?」

「普通は大事になる。だが、アレはイデルガが自ら創り出した普通の魔獣ではない。幾らでも調整はできるのだろう」


 彼女の言葉が終わる頃、ルシアンがげっそりとした顔で戻ってきた。

 髪は乱れ、せっかくの整った顔が台無しなってしまっている。


「吐いても出なかっただろう。それはしっかりとお主の体の一部と同化してしまっておる」

「……イデルガ様は、何のためにこんなことを――」


 わざわざ魔獣を取り込ませる目的。尋ねたところどうにもならないはずだったが、それを訊かなければ気が気でないのだろう。


「恐らくは場所の探知。それと、反抗心の強いモノへは、精神の矯正能力もあるようだな。トゥワルフがまさにその状態だと言える。イデルガは、そのトゥワルフへの警戒も込めて、それを飲ませたようだな」


 トゥワルフの性格が変わり、同じく魔獣を飲んだルシアン自身に変化が表れていないのは、イデルガがそれだけ彼を警戒しているということになる。

 シャーミアは、がっくりと肩を落とす彼女に、静かに語り掛ける。


「ねえ、ルシアンさん。あなたは、どうしたいの?」

「……私は――」


 このタイミングで、こんなことを言うのは、少し卑怯だと思う。

 それでも、きっとどこで尋ねても、ルシアンは同じ答えを返してくれる。そんな確信が、シャーミアには芽生えつつあった。


「ルシアンさんさえ良ければ、あたしと一緒に戦わない?」

「……――」


 彼女は虚ろな目でシャーミアと、ヌイを見つめ、それから窓から差し込む光へと目を向けた。

 彼女は、正義感が強い。だが、ただ強いだけではシャーミアにこうして手を貸してくれてはいないだろうし、今みたいに迷っていないだろう。

 彼女も、一人の人間で、選択する権利を持つこの国の住民なのだ。


「ごめんなさい……、今は頭が回ってなくて……。ここにはいつでもいてもいいから」


 そう言って、彼女はフラフラと自室へと戻ってしまった。

 シャーミアにはその後姿を寂しい瞳で、ただ追い掛けることしかできない。

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