ハウンドの長、ダクエル④
この国のことが好きなわけではなかった。
下層部と上層部。産まれた場所でその後の人生が左右されるなんて真っ平だったし、それが当たり前となっている現実に辟易してしまう。
ダクエルは下層部の生まれだ。親は既にこの世から旅立った。
この場所はそういった場所だった。誰かが産んで、誰かが世話をする。大それた家系などなく、個人が分かる名前さえあれば良かった。
ただ、下層部でもダクエルの家は特殊だと言えた。きちんと、ダクエルが生まれた後も親が育児を行い、上層部と同様な家族体系があった。
父はゴミ拾い。母は魔獣の素材の加工。そうやって賃金を得ていて、僅かなお金でダクエルに食事を与えていた。
それだけで彼女は幸せだと言えた。上層部は羨ましいと思っていたが、父と母がいるこの生活に不満はなかった。
ダクエル自身、一つの夢があった。この国を脅かす魔獣を討伐する、都市を守る存在『メサティフ』への入団。そのために、日々剣を振るい、独学ながらも親が帰ってくるまでは修行の日々を送っていた。
そんな日常が、続くと思っていた。
弟が産まれて、数日のこと。両親ともに、定刻になっても帰ってこなかった。弟の世話をしていたダクエルはずっと家で待っていたが、どれだけ待っても帰宅する気配がない。
朝になり、夜になり、そしてまた朝を迎える。
それを何度繰り返しただろう。ある日、よく面倒を見てくれる近隣の女性が訪ねてきた。
彼女の報告は、下水道でダクエルの両親が見つかったというものと。
既に死後数日が経過しているというものだった。
気がつけば、駆けていた。
背後から届く静止を呼び掛ける声も、聞こえないフリをして。
下水道に続く入口へと辿り着いて、人だかりを見た。
駆けつけたダクエルを見て、皆一様に気まずそうな顔をしてみせる。止めてほしい。そんな顔をするな。そんな心の叫びを、自身も耳を塞いで、人だかりの一番前へと躍り出た。
「……――っ」
下水から引き上げられて、横たわる二つの死体。髪の毛は無造作に引き千切られていて、体の至る所には切り裂かれた後が残る。
愕然と。
その光景を目の当たりにして、膝を折って地面に縋る。そうしないと、きっとどうにかなってしまいそうだった。
固い石の感触が衣服を通して冷たく伝わる。
どうして、何故、誰が。
そんな渦巻く思考がうまく纏まらず、どれだけ気持ちを整理しようとしても、その先にあるのは真っ暗で何もない空間。
その場にいる全員が、何やら励ましの言葉を浴びせてくれるが、どれもが彼女の体を通り抜けていく。
この下層部では、こういうことが起きる。残念だ。
一つの言葉が、心に引っかかった。
下層部だから?
こんな悲劇が起こるのか?
上層部に生まれていれば。
――私が、守れるほど強ければ。
やがて誰もいなくなった下水道の入口で溢れ出る涙と嗚咽を、ただ物言わぬ両親が見つめていた。
◆◇◆◇
シャーミアも、ファルファーレも、ここから立ち去った。二人ともが自らの意志でそうしたものではあったが、それでも自分の傍から奪われていったという感覚に陥ってしまう。
連れ去られた弟は戻ってきた。無事に戻ってきたとは言い難いが、生きているだけで良かった。
だが、ルアトが傷つき、今も眠っている。
「……なあ、何故ここまで――」
そんな言葉を、つい吐いてしまった。
彼女たちは言わばこの国とは無縁な人間だ。ファルファーレに関しては完全に無関係とは言えないだろうが、それでもサンロキアに尽くす理由はないはずだった。
しかし、彼女たちは弟を救ってくれて、ここにいると迷惑になるからと各々が出ていった。
「……シリウスさん、か」
彼女たちが信頼している、紅蓮の髪の少女。自分たちに目を向けさせないように、自ら進んで捕まりにいった。
そんな彼女は勇者を討伐してくれると、そう言ってくれた。甘えるわけではないが、勇者討伐は彼女ならば成し遂げてくれるだろう。
「ミスティ王子……」
スキラス家の息子。明るくて、下層部も上層部も分け隔てなく接してくれる彼のことを思い出す。
ダクエルが『メサティフ』に入団してから、彼とも話す機会は度々あった。それは心地良い時間で、彼の稽古の時にはよく同行させてもらっていた。
彼が牢獄に入れられたと聞いて、すぐに助けに行く計画を練った。『ハウンド』を立ち上げたのもそれが理由。ミスティージャを逃がすための隠れ蓑が必要だった。
先日、無事に助け出せたものの、またすぐに捕まってしまった。
結局、自分は何も成し遂げられていない。
この国を変えることも、できないのではないか、と。そんな思いが黒く立ち上る。
「……お姉ちゃん」
「……テケルか」
椅子に腰掛け、思い悩んでいる様子を見られた。そんな感情が伝播してしまったのか、弟の表情もまた心配そうなものになる。
何を言おうか。
迷っているダクエルに、彼は近寄ってきて、笑った。
「大丈夫だよ。僕が、ここを守るから」
はっと、ダクエルはその瞳を見開いた。
彼の言葉に、説得力があったわけではない。遂行能力も、そのための力も持たない。
それは単なる根拠のない励ましでしかなかった。
でも、それでも彼は自分の役目を理解している。
今何をするべきなのか。
やるべきことを、彼は分かっていたのだ。
助けられて救われて、手を借りて恩を着る。
それだけの力添えがあって、自分だけが何もしない、というわけにはいかない。
「……ありがとう。悪いが、少し『ハウンド』の集落に戻る」
せっかく弟が戻ってきたのに、彼から目を離したくない。そんな思いは確かにあった。
しかし、そんなことは後で幾らでもできる。
弟との日常は、これからたくさん描いていけばいい。
それよりも優先するべきことがあるだろう。
「うん。行ってらっしゃい。僕のお姉ちゃん」
彼の優しい声に背中を押されて、ダクエルはようやくその手を目指すべき場所へと掛けたのだった。
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