ファルファーレ④
シャーミアがダクエルの家から離れていくその時間。
それを窓から見届ける男が一人。
彼は騎士に連れられる彼女から視線を外して、ベッドに横たわる一人の男へと向けた。
長い黒髪が白いシーツの上で乱れて、その持ち主は静かに寝息を立てている。
ルアトの命に別状はない。ヌイがそう言っていたのだから、間違いはないのだろう。それに、今まさに目を閉じて呼吸を繰り返している彼を見ると、死とは程遠い場所にいるように感じる。
「……オレも、ここにはいられんか」
シャーミアを連れ去った騎士たちが、ここへと訪れた理由を思考する。
偶然ではないのだろう。偶然で、これだけ広い下層部のダクエルの家を訪ねようとは思わない。
何かしら、情報がないと無理なはずだ。
昨日、ルアトを連れて飛び立った先からアタリをつけられたか?
いや、降りた場所は念のためダクエルの家とは別の方向だった。そこからルアトと戦っていた人物が情報提供をしたとしても、こんなにすぐに見つかるだろうか。
可能性はある。昨日、自分たちはダクエルと共にこの都市へ入った。その情報からダクエルと繋がりがあると思われても仕方ないが、それは情報提供者が相当完璧に近い情報を提供しなければ難しいだろう。
ダクエルの弟が街へと逃げ出してきたのは、果たして偶然だろうか。
彼には後天的な魔獣の角が付与されていた。
――何かしら、居場所が分かる仕掛けが施されている可能性があるな。
そしてそれは、イデルガによって創られた自分にも言えることだった。
あの勇者が、何の考えもなく魔獣を放置するとは考えにくい。それに、その前提で立ち回った方がいいだろう。
「……ルアトさん、治った?」
「ん、なんじゃ起きてたのか」
扉を少し開けて、こちらを覗く不安そうな瞳に、ファルファーレは笑って応じる。
「安心しろ。ルアトは体が特別丈夫じゃからな。すぐ回復するじゃろう」
本当は回復魔術を施したヌイが言うには一週間は安静にした方がいいとのことだったが、それで罪悪感を植え付けてしまうのは、ルアトも望んでいないだろう。
ファルファーレの言葉に、少年は少しだけ安心したような表情へと移り変わった。
「……ファルファーレさんも、行っちゃうの?」
先ほどの独り言を聞かれてしまっていたようだ。再び不安そうな顔をする彼に、ファルファーレは近づいてその頭を撫でる。
「そんな心配そうな顔をするな! ちょっと出掛けるだけじゃ。それに、オレがいなくてもお前さんがおるじゃろう!」
「でも……」
見たところ、年齢は十やそこら。にもかかわらず、その瞳に湛えられるのは年相応の純粋な悲壮感ではない。
そこには、確かな覚悟。そしてそれとは別に、責任感のようなものが感じ取れる。
そしてその複雑な感情は、離れ離れになっていくこの状況への不安へと一まとめにされて漂っている。
それを見て取ったファルファーレは、彼の両肩を掴んでニコリと笑う。
「オレとシャーミアがいなくなっても、ルアトとダクエルをよろしく頼むぞ。お前さんは、強い子じゃからな」
「……っ! うん!」
その表情が華やいだ。ダクエルの弟の事情も、中々に大変なものなはずだ。攫われて、角を付けられて、逃げ出せたと思ったらその恩人が意識不明となってしまったのだから。
にもかかわらす彼は逃げることも泣き喚くこともしていない。
その勇ましさはダクエルに似たのかもしれない。
彼にルアトの容態を見守ってもらうことにして、ファルファーレは階下へと下りていく。そこでは深刻な顔をするダクエルの姿があった。
「そんな心配そうな顔をするんじゃない。シャーミアについては、ヤツ自身の判断で行ったんじゃろう」
「……そうかもしれないが――」
何かを言いたそうにするものの、何もできなかったことへの悔しさが言葉に滲んでいる。弟と同じような苦悩を抱いている彼女に、ファルファーレは思わず笑ってしまった。
「……何をニヤニヤしている?」
「いや、すまんな。大したことじゃないんじゃ」
不満そうな顔をするダクエルに、表情を取り繕ってから返す。
「オレもここから出ていこうと思う」
「……そうか」
彼女は理由を尋ねない。シャーミアも見つかってここから立ち去った。そのことによる自責の念のようなものがあるのかもしれない。ファルファーレは念のため、そう思い立った経緯を語る。
「オレはイデルガに創られた存在じゃ。ヤツに居場所が筒抜けになっていてもおかしくはない。オレはシリウスが行動を起こすまで、別行動を取ろうと思う。これ以上、ここを危険には曝せん」
ダクエルだけならまだしも、ここには戦えない人間が多すぎる。居所を報せる可能性があるものは、徹底的に排除するべきだ。
言うが早いか、ファルファーレは玄関の扉に手を掛ける。
「……なあ、何故ここまで――」
ダクエルはそこで言葉を区切った。
わざとそこで止めたのか、それ以上言葉を発するのが憚られたのかは分からない。だが、彼女が訊きたいことは、分かったつもりだった。
「――オレも、シャーミアも。それにルアトも、全員、信じてるんじゃよ」
「……信じてる? ……誰をだ?」
彼女も、ファルファーレが語るその人物を知っている素振りだった。しかし、敢えて尋ねたのだろう。
ファルファーレは瞳を閉じる。
記憶に残る紅蓮の少女。
あどけなく上機嫌な彼女は、彼の思い出の中で笑っている。
「たった一人、生き永らえた最愛の妹。シリウスならば、きっとこうするじゃろ。オレの妹は、優しいからな」
瞳を開いて、飛び込む現実を出迎えた彼は、そう言ってその場を後にした。
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