シャーミア=セイラス②
外に出るなり、鉄製の枷が手首に嵌められる。ズシリと重いそれを見つめ、歩きながら騎士に尋ねる。
「……ねえ、なんであたしがダクエルの家にいるって分かったの?」
「おい、お前は魔獣の一味で捕らえられているということを忘れるな。発言権はないと思え」
「何よ。別にお喋りしようと思っただけじゃない」
溜息と共にそう漏らすと、騎士の一人が突如胸倉を掴み、壁へと押し倒してきた。
「……おい。調子に乗るなよ? そもそも俺ら『メサティフ』はお前を捕らえるのに傷つけちゃダメだって言われてねえんだ」
「何するのよ。痛いんだけど」
「……もっと痛いことしても、この下層部じゃ助けは来ねえ」
兜越しでも分かる、下卑た視線。胸元や大腿部に注がれるそれに、これから彼がやろうとしていることが分かってしまう。
シャーミアの服装はいつものモノとは違って、寝起きのモノだ。それにいつも持ち歩いている短剣もダクエルの家に置いてきてしまった。
どうしたものかと、思案する。《カゲヌイ》を出すことはできる。この手枷も外せるだろうし、これだけ距離が近ければ騎士の戦闘力を奪えるだろう。
いや、それは最後の手段だ。手の内をこんなところで見せるわけにはいかない。
シャーミアはこれまでの記憶や経験を絞り出し、そして視線を男の背後へと向ける。
「あ、ルシアン副騎士団長」
「なに――!?」
咄嗟に出た名前は、この男の所属する『メサティフ』の副騎士団長のそれ。如何にもルールや規則に厳しそうな彼女の名は、やはりこの場では効果覿面だったようで、焦った様子でその場の全員がシャーミアが向ける視線の方へと振り返った。
が、そこには誰もいない。
「……なんだ、いねえじゃ――、おっご――!?」
それが嘘だと露見して再びこちらへと意識を戻そうとした男の股へと、膝蹴りをシャーミアは見舞った。
「――っ、――っ!?」
悶絶。
彼は情けない声を上げながら、力なくその場に崩れ落ちる。
「アンタらホントにバカね」
「待て!」
「待てって言われて待つヤツなんていないから。じゃあね」
身軽にその場から逃走するシャーミアに背後から、追い掛けろ、という弱弱しい怒号が発せられる。
そのままの足で上層部へと辿り着き、シャーミアはすぐさま雑踏に紛れる。
だが、どうやら周囲の人の注目を集めてしまっているようで、彼女が通る道は水を弾く油のように避けられていってしまう。
当然だ。こんな手枷を嵌めた人間、目立たない方がおかしい。
これではすぐにバレてしまうだろう。
「いたぞ! あの女だ!」
案の定、通りを歩いていた別の騎士たちにあっさりと捕捉されてしまう。とっととその場から離れるため逃走を図るシャーミア。
人混みが勝手に避けていってくれるので移動する分には楽だが、身を隠すには適さない。
幾つもの角を曲がり、何度階段を上り下りしたかは分からない。
気がつけば相当な数の騎士に追いかけられているらしく、最早見つかるのも時間の問題だと言えた。
「いい加減、諦めなさいよね……」
そう溜息を吐きながら路地裏に身を潜めるものの、騎士は絶えず甲冑の音を鳴らしながら通りを駆けている。
同じところに留まり続けるのは危険だ。早く移動を再開したいものの、その機会は訪れない。
それどころか、騎士たちが集まり始めている。
「この辺りから移動したという情報はない! くまなくここ一帯を探せ!」
ちょうど通りの一つ先でそんな号令を耳にする。
近づいてくる甲冑の音。
いよいよ見つかるかもしれない。いつでも動けるように身構えるシャーミアだったが、しかし訪れたのは予想外なモノだった。
「貴方たち、ここはいいから別のところを捜索してちょうだい」
「副騎士団長!? あなたの手を煩わせるようなことでは……」
「手分けして効率よく探した方がいいでしょ? ほら、ここはいいから」
その声は、先ほどシャーミアが騎士を騙すために使用した人物のものだった。その女性の言葉に寸前まで近づいてきていた騎士たちは踵を返しその気配を遠ざけていく。
「さて、もう追っ手はいないわ。出てきていいわよ」
そんな声が路地裏に届く。しかしシャーミアから見れば、彼女も騎士団の一員だ。見つかる人物が変わっただけで、現状に変化はない。
そんなシャーミアの考えを見抜いているのか、その女性は近づいてきて角の手前でピタリと立ち止まった。
「……安心して良いわよ。私は貴女を騎士たちに引き渡すつもりはないから。ダクエルも言ってなかった? どちらかと言えば、私もこの国を変えたいって思ってる側の人間なの」
殊更に明るく告げられるその声に、シャーミアはその身を彼女の眼前に躍らせる。
『メサティフ』副騎士団長、ルシアン。
長い金髪に涼しげな緑の眼。気の強そうな顔立ちは、陽だまりのような温かさに満ちていた。
「言っておくけど、信じたわけじゃないんだから」
「それでいいのよ。私からも、話したいことがあるから。ここだと他の騎士に見つかるし、続きは私の家で話そうかしら」
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