シャーミア=セイラス
シリウスのいない夜を明かしたのは久しぶりだった。
久しぶりと言っても感覚としてだけの話で、特別長い年月一緒に連れ添って来たわけではない。寧ろシャーミアのこれまでの人生から見れば、極端に短いものだろう。
それでもそう感じてしまうのはこれまでの旅が、シリウスと共にしてきた旅がとてつもなく濃く、忘れたくても忘れられないひと時の連続だったからだ。
だが、いまシリウスはいない。
しかし死んでしまったわけでも、二度と会えないわけでもない。分体であるヌイも今はシャーミアに抱かれて眠っている。
あの後、ボロボロのルアトを連れてダクエルの家へと戻ってきたシャーミアたちは、無事にダクエルの弟が帰ってきていることを確認し、すぐにルアトの治療へと移っていた。
見える肌がひび割れているのは、恐らく竜鱗が砕けている証なのだろう。そのひびから血が流れていて、見るも痛々しい姿だ。
治療はヌイの回復魔術を掛けるぐらい。後は病人に対する手当てをするぐらいなものしかできない。
そんな彼は、今も別室で眠りについている。運び込んだ時には荒れていた呼吸も、今では大人しい寝息に変わっていたのは、ヌイの回復魔術のおかげだろう。
本人は簡単な治療しか施せないと言っていたけど。
「ふわあ……」
あくびを噛み殺しながら、視線を彷徨わせる。
窓から差し込む陽の光は、朝なら下層部にも届くようだった。抱いていたヌイをベッドに寝かせ、シャーミアは窓辺に寄り添いそれを開ける。
少し生臭いような風が、部屋へと入り込むものの、朝特有の爽やかさが体に入ってくる。空は快晴。どこまでも突き抜ける青空が天に広がっている。
遠くの方からは街の賑わいも聞こえてきて、朝なのに元気だとそんなぼんやりとした感想が浮かぶ。
「――……――……!!」
ふと、どこかで会話している声が耳に届く。下層部の通りに人はいない。本当に出歩く人がいないのだと痛感してしまう。
ならば今聞こえている声はどこからか。耳を澄ましていると次第にその声の発言者が分かってくる。
「だから、ここにはいないと言ってるだろう!」
「いや、家の中を見せてもらうだけですから! ね? ダクエルさん」
ダクエルと、誰か知らない男性の声だ。一階で何やら口論をしている様子だが、少し迷ってシャーミアは階下へと下りることに決めた。
「どうしたの? ダクエル」
「あ……っ」
まるでいたずらがバレた子どものように、気まずい表情を浮かべるダクエル。そしてその真向い、この家を訪れている客人に視線を向ける。
銀の甲冑に身を包んだ騎士が三人。全員が下りてきたシャーミアを見ていた。
「失礼ながら、ダクエルさん。あなたはお一人でこちらに住まわれていたはずですが……、この方は?」
先頭に立つ騎士はからかう調子でダクエルとシャーミアを交互に見やる。
それに対してダクエルは咳払いをして、平静を装って返した。
「この方はお前たちが言う魔王の子の仲間じゃない。偶然出会った旅人だ」
「はは、苦しいですよ。そんな子どもじみた言い訳で、納得するわけないじゃないですか」
なるほど、と。シャーミアは理解する。この騎士たちは魔王の子であるシリウスの仲間を探しに来ていて、何故だがこの家にアタリをつけたのが今の状況らしい。
ここにいるということは分かっているようだが、しかし何人、どういった特徴の人がいるのかは分かっていないのか、ジロジロと無遠慮な視線をぶつけられる。
「分かってます? ダクエルさん。魔獣を手助けしている仲間を匿っていたと知られれば、あなたも捕まえなきゃいけなくなるんです。正直に言えば、罪も軽くなると思いますけどねえ」
「……それは――」
ダクエルが言い淀む。せっかく弟と再会できたというのに、これではまた弟と離れ離れになってしまう。
元々、巻き込んだのは自分たちだ。彼女に無理をさせるわけにはいかない。
応えあぐねていた彼女に代わり、シャーミアが言葉を引き継ぐ。
「悪かったわね、ダクエル。無理言って泊めてもらって」
シャーミアが騎士たちとダクエルとの間に入り込む。兜を被っていて分からないが、その騎士の頭部を睨みつける。
ついでに言うと、こいつらのことが気に食わなかった。
「アンタらの目的はあたしでしょ? ダクエルのことは、脅して無理やり泊めてもらったのよ。だから彼女に罪はないわ」
「……そんな嘘、信じるわけないだろ」
「アンタたちの拘置所で洗いざらい話してあげるわよ。ここでこれ以上話すの、時間の無駄じゃない?」
「いや、しかしな……」
男はなおも食い下がろうとする。
この場で犠牲になるのは自分だけでいい。ルアトとファルファーレのことは知らなさそうだ。勘付かれる前に、ここから立ち去るのが賢明だろう。
それに――
「大人しくついていってあげるって言ってるんだけど。悪いけど、あたし今むしゃくしゃしてるから」
怒気を隠そうともせず、ぶつける。
何故自分がこんなにもイライラしているのか、分からない。
無力感?
怨恨?
怒り?
嫌悪?
そのどれでもあり、どれでもなさそうだった。
しかし根底にあるのは、きっと自分がもっと強ければという意識なのかもしれなかった。
自分に力がもっとあれば、シリウスが捕らえられることもなかった。
ルアトが傷つくこともなかったかもしれないし、こうしてダクエルの身を危険に曝すこともなかったかもしれない。
己の弱さに歯痒く感じると共に、それらは言いようのない苛立ちへと変換されている。
シャーミアが放つ威圧に、騎士たちが一歩退がる。それを肯定と捉えた彼女は、そのままダクエルの家から外へと出ていく。
「あ……、ま、待て! ダクエルさん! また今度話を伺いに来ますから!」
慌ただしくそれについていく騎士たち。
シャーミアは不安そうにしているその家の主を、最後に一瞥して、そして扉は閉まった。
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