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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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ファルファーレ③

 他の兄弟の所在について、ファルファーレは知らなかった。精々が街の外れでグラフィアケーンが暴れているという一件を知っているぐらいで、自分のように契約から逃れた兄弟がいるのか、もしくは他の兄弟は創られていないのか。

 気になる部分は多くあるが、その大部分に興味がなかった。

 別段、他の兄弟とコンタクトを取ろうとも思っていなかったし、その必要性にも駆られなかったからだ。


 だが、シリウスと再び顔を合わせてしまった。

 勇者に、自らの命が奪われたあの日。自身の負けは潔く認めるところではあったものの、それでも後悔や心残りはある。

 結局、シリウスの許しを得られなかった。どれだけ甘味を作り、振る舞ったところで彼女は嬉しそうにそれを平らげるだけだ。

 そして、その幸福そうな顔は、今や見られない。分体には出会えたものの、やはりシリウスの本体に会いたい。


 故に、今捕まってしまっている彼女に会うために、自分を打ち負かした勇者と戦う必要がある。

 知るべきは相手の戦力。そして実力。

 仮に魔王の子である兄姉を勇者イデルガが創り出していた場合、恐らくこちら側は勝てない。

 少しでも勝率を上げる。そのためには情報を集めなければならない。


「お前さんたち、頼んだぞ」


 街の広場前にある階段。その欄干に停まる小鳥たちを優しく撫でると、それらが飛び立っていく。

 これで契約を交わした鳥の数は数十羽。これだけの目があれば、敵の戦力を取りこぼすこともないはずだ。

 ファルファーレの特異星(ディオプトラ)は鳥を操るもの。操る、といっても契約を結ぶという手段を取っているので、鳥たちに自我はあるし、強い拘束能力はない。

 だが鳥を操るというものではないので、多くの鳥の目を借りることができる。制約が緩い分、上限も高い。


「さて――」


 陽はすっかり沈んだ。鳥たちは最早、街から姿を消していた。いま現状、打てる手はこれぐらいなものだろう。

 モニュメントとして掲げられている時計を見やると、時刻は八の時を差そうとしている。ここからシャーミアとルアトと落ち合う十字路まで数分も掛からない。というか、少し高い位置にいるファルファーレがいるこの広場から、その十字路の様子が見える。

 それほどにまで遠い距離ではないのだが、ファルファーレがふと視線を向けた、その十字路に二つの人影を認めた。


「あれは――」


 一つは銀髪を片側で結い上げた女性。恐らくシャーミアだろう。そんな彼女が、何やら背の低い頭巾を被った少年らしき人物と話している。

 ファルファーレの視力は人間の数倍はある。それなりの遠くにいる人物の表情の機微ぐらいは読み取れる。

 彼の瞳に映る彼女の表情が、少年が話すたびに険しいモノになっていくのを、ファルファーレは見逃さなかった。


 即座に、認識阻害の魔術を解いて背中にその漆黒の羽を広げる。周囲の人間がざわつく気配を感じ取るものの、急を要すると判断しファルファーレはそのまま飛翔した。

 広場から十字路までものの数秒。

 念のため人気のない場所に降りてから、彼はその背にある羽を再び隠してからシャーミアたちの元へと駆け付けた。


「どうしたんじゃ?」

「ファルファーレ! この子を任せたわ!」


 到着するなりシャーミアがそう言ったのを、彼は顔を顰めて反応する。


「落ち着け。藪から棒にどうしたというんじゃ。説明をしてくれ」

「この子はダクエルの弟君だ」

「なんじゃと……?」


 焦るシャーミアに代わって答えてくれたのはシリウスの分体、ヌイだった。この少年が攫われたダクエルの弟だと、その事実やそれについての様々な疑問を抱かせてくれる暇もなく、続けてシャーミアが口を開く。


「それで、追われてたこの子を逃がすために、ルアトが囮になってくれてるらしいの」


 なるほど、と。ファルファーレは赤い目を腫らしながら嗚咽を上げている少年を見て、納得する。

 同時に、呑気に立ち話をしている場合ではないことも、理解できた。


「なら、お前さんよりオレの方がルアトの救出には適任じゃろう。お前さん、ルアトが今どこにいるか分かるのか?」

「……それは、騒ぎになってる場所にアイツがいるでしょ?」

「まあそれは間違いないんじゃが、それでは間に合わん可能性もある。ここはオレに任せてくれんか?」


 シャーミアにそう提案するファルファーレを援護するように、ヌイも頷いて言葉を添える。


「ファルファーレの言う通りだ。此奴には鳥の目がある。すぐにルアトを見つけられるだろう」

「……鳥の目、っていうのが何かは知らないけど、確かに飛べるアンタの方が視野が広いわよね」


 彼女はその身を翻し、少年の手を掴む。


「――ルアトのこと、頼んだわよ」

「当然じゃ」


 言葉を交わすと、シャーミアは少年と共に雑踏へと消えていく。ファルファーレはそれを見届けることもせず、早々に翼を広げてその身を空へと浮かばせる。


「早速、鳥の目が役立つとはな」


 片目を閉じて、他の鳥からの視界をリンクさせる。この街は広い。人の数も多く、見つけるのに時間が掛かると思ったが、一羽の鳥の視界に黒髪の青年と金髪の女性が映った。


「見つけた」


 すぐにファルファーレはその場所へと急行する。といっても、それほど距離は遠くはなかった。

 人気のない場所。廃屋が並ぶ怪しい雰囲気が漂うその先に、本当にルアトがいるのか疑問だったが、大気を震わす振動や倒壊していく廃屋が、視界に映った彼らがそこにいることを物語っている。

 果たして、ルアトはそこにいた。

 地に叩きつけられ、鮮血を吐き出した姿が、鮮烈に映る。

 相対する金髪の女性が、もの悲しい瞳を彼に向けている。しかし、慈悲はない。

 彼女がその手を天へと掲げると、倒れるルアトを中心として地面から赤い光が昇る。


「待っ――」


 言葉が最後まで発せられる、その前に――

 上空まで届く爆炎が巻き起こった。


「――っ!」


 爆風が吹き荒れ、空を飛ぶファルファーレもバランスを崩しそうになる。だがそれを歯牙にもかけず、彼は状況を冷静にその目で分析する。


 あの女性を倒す。

 それは不可。

 ルアトを救って、この場から撤退。

 それが最も最適だろう。


 周囲にも人が集まりだしてきている。風貌や佇まいから、恐らく魔獣狩りを生業としている傭兵のようだった。


「……お前の首は、この国に引き渡させてもらおう」


 哀れみが多分に含まれたそんな静かな声が、炎が爆ぜる中でも聞こえてくる。

 その立ち昇る爆炎の中に、一瞬翡翠色に煌めく輝きを見つけた。


「――なんだ?」


 ファルファーレがその身を爆炎に投じ、その手を掴む。それと金髪の女性がそれに気づくのはほとんど同時だった。

 彼はそのまま自らの羽が焼けることも厭わずに、全力でその場から立ち去ろうと羽ばたく。


「おい! ルアト! 目を覚まさんか!」


 飛びながら傷だらけの彼へと呼び掛けるも返答はない。早く帰って治療をしなければ命に関わるだろう。

 ルアトを抱えるファルファーレは既に彼女の攻撃範囲から離れていた。この距離なら追撃もない。逃走には成功した。

 そのはずだった。


「――逃がすか」


 そんな冷たい声が、聞こえた気がした。

 声が聞こえるような距離ではなかったはずだった。

 だから、ファルファーレが振り返ったのは、何となく以外に理由はない。

 飛翔しながら首だけ捻って、後方を振り返った彼が見たのは――


「――おいおいマジか……!?」


 それは、一本の剣。恐らく、あの金髪の女性が投擲したものだろうと推測できるものの、そんな分析は今は何の解決にも役に立たない。

 ファルファーレの飛行速度よりも速いそれは、既に眼前へと迫っていた。

 正確に、逃走する彼の心臓へと定められた剣が、その身に突き刺さる――


「……っ!!」


 しかし、そんな起こり得る悲劇を高い金属音が掻き消した。

 銀髪の少女。火花を散らしながら、短剣でそれを防ぐ彼女の名を叫ぶ。


「シャーミア!?」


 彼女が短剣でそれを弾いたのを確認し、ファルファーレは空いたもう片方の手でその身を抱え飛行を再開する。


「何故来たんじゃ!? おかげで助かったが……」


 脱兎の如く逃げ出す彼の声に、シャーミアが遠くを見据えながら呟いた。


「ダクエルの弟はヌイに任せたわ。そのヌイが、マズいヤツがいるって言ってたから、加勢に来たんだけど……」


 脅威から遠ざかっていく。

 だが、警戒が解けることはなく、未だに獲物を見つけた蛇のような捕食者の視線は拭えない。


「アイツの言ったことは正しかったわね……。間に合って、良かったわ……」


 心底に安堵した様子の、彼女の言葉が夜空に溶ける。


「――ああ、そうじゃな……」


 それに、ファルファーレは同意する。

 気を失うルアトの、微かな呼吸をその腕に感じながら。

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