ファルファーレ②
端的に言えば、妹を溺愛していた。
それは何も自らが魔王の子として十番目に生まれたからではない。決して優越感や、義務感から来る愛情ではなかった。
身近にいる兄として、弟や妹を愛することは何も不思議ではないだろう。
家族として。
兄妹として。
ファルファーレは弟であるルビカンテも妹であるシリウスも、もちろん兄や姉、父や母も等しく好きだった。
だが、その好意はシリウスまで届かない。寧ろマイナスに振りきれてしまう事態となった。
それはある日の、食事後のことだった。
『余のおやつは!?』
皆が昼餉を食べ終えて、大広間を後にした頃、焦った様子でシリウスが部屋へと飛び込んできた。
そこにいたのは、魔王である父と今まさにシリウスの分の甘味を頬張っていたファルファーレ。
彼は口に含んだものを吐き出すわけにもいかず、それを飲み込んで応じた。
『……すまん。食っちまった』
『何故だ!? ファルファーレの分も用意されてあっただろう!?』
『あ~……。いらないと思ったんじゃ。明日の甘味はあげるから、許してくれんか?』
今回の甘味は果汁を凍らせたものを削り、果物などを盛りつけたものだ。放っておけば溶けてしまっていた。溶けた甘味を見て、悲しむシリウスの顔を見たくなかった。それに父の勧めもあって、口にしてしまった、それら全てが失敗の原因。
だがそれらは言い訳にすぎない。ファルファーレは素直に謝るものの、それでシリウスの機嫌が直ることはなかった。
『……そんなもので余がご機嫌になると思ったら大間違いだ! 明日のおやつは、それはそれとしてもらうが!』
機嫌は直らなかったが、この提案はお気に召してもらえたようだ。
だがファルファーレとしては機嫌を取りたいわけではない。彼女の許しが欲しかったわけだが、食べ物の恨みは恐ろしいと、何かの文献で読んだ。
彼女との間にできた溝は、可能な限り埋めていきたい。そのためにファルファーレが選んだ道は――
『なあ、シリウス。今回はちょっと甘くしてみたんじゃが、食べてみんか?』
『なんだ。また作ったのか。……中々美味しそうではないか』
菓子作りをしては、それをシリウスに食べさせるということをしていた。それでシリウスは満足そうにしてくれるし、新しい趣味を見つけてファルファーレとしても不満はなかった。
ある時は起きた直後。
ある時はシリウスが読書を終えた頃。
ある時は皆が寝静まった夜のひと時に。
初めこそそれは彼女のためだけの、無垢な行いで。慈善による、自らの過去の罪を雪ぐための贖罪にすぎないものだった。
しかし今では、自分の手で彼女が喜んでくれることに、心が満たされている。
『なあ、シリウス』
今日もファルファーレが振る舞った甘味を、シリウスが嬉しそうに食べている。その様子を黙って眺めるのも良かったが、前々から気になっていたことを口にしてみる。
『……そろそろ、あの時甘味を食べてしまったことを許してくれんか?』
もうファルファーレがシリウスの甘味を食べてから数年が経っていた。時間が解決することに頼りたくはないが、罪が精算される時が来てもいいのではないかと思ってしまう。
それを期待して尋ねたファルファーレに、彼女はしばらく咀嚼をした後、ふわりと笑って見せた。
『……嫌だ。これは、あの時の贖罪なのだろう? 許してしまうと、この素晴らしいおやつが食べられなくなってしまう。余は、お主の作るおやつが好きだ』
『そう言ってくれるのは嬉しいんじゃが……。許してくれれば寧ろ気持ちよく調理できるようになる可能性だってあるぞ?』
『……ならば、余が満足できるおやつを、お主が作ることだ。そうすればあの時の罪も許そう。――期待して、待っておるぞ』
彼女の顔立ちは、幼くあどけない。しかしどこか大人びていて、美しさすら覚える。
あるいは、既にいなくなった母を彷彿とさせるその表情に、ファルファーレは頭を搔いて苦笑いで返す。
『……まったく、お前さんには勝てんな』
それから、ファルファーレがシリウスへと甘味を振るうことはなかった。
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