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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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ルアト③

 何故、他人のために命を懸けるのか。

 何故、勝てもしない相手に挑むのか。

 そんなものは、決まっていた。


「僕の尊敬する方ならそうする。僕は、彼女に恥じない存在でありたいんです」

「……なるほど。理解できないな。他者への依存は、自らの弱さを露呈させているようなものだ」

「一理ありますね。現に、今の僕は、君に勝てないほど弱い」


 痺れた体が回復してきた。これも竜の回復力によるものなのかもしれないが、そんなことは今はどうだって良かった。


(まずは守勢から攻勢に転じる……!)


 ルアトは息を大きく吸い、そして長く吐き出していく。

 全身を使え。出し惜しみするな。痛みを恐れず、敵に向き合え。反撃をイメージしろ。

 自らを鼓舞するようにそう心の中で唱え、改めて相手を見据える。


 剣を構える彼女は近距離タイプの戦士。おまけに瞬時に間合いも詰めてくる。元々ルアトも距離を取って戦うタイプでもない。取るべき戦法は一つだけだ。

 ルアトは足に力を込めて、勢いよく地面を蹴った。


 一直線に、ミラの元へと向かっていく。彼女からすれば単調な動き。剣一本振るえば、容易に止められるだろう。

 そんなことは、ルアトもよく分かっている。

 だからこそ、つけ入る隙があるのだ。


「馬鹿正直な動きだ」


 彼女が剣を振るう。ルアトがそのまま突っ込めば、袈裟斬りにされる軌道。

 回避をしても変わらない。防いでも、拳が彼女に届かない。

 攻勢へと転じなければ、状況は一生変わらない。

 そしてそのための手が、ルアトにはある。


(――【化する空の王(ドラゴニクス)】!!)


 それは、ドラゴンへと変貌するルアトの特異星ディオプトラ。本来ならば完全なドラゴンになるためにはそれなりに時間を要するが、必要なのは完全なドラゴン化ではない。

 一部さえ、ドラゴンになれれば。

 凶刃が、飛び込むルアトの体を狙う。

 その一撃が見舞われる、直前――


 ミラの剣が何かによって大きく弾かれた。


「なに――?」


 初めて、ミラの顔に動揺の色が浮かぶ。その視線が、弾いたものの正体へと吸い寄せられる。

 それは、一本の竜尾。ルアトの背後から延びる翡翠色のそれが、剣による一撃を阻害した。

 完璧に不意をついた。弾かれた勢いで彼女自身バランスを崩している。

 叩き込むなら、今しかない。


「――君を倒せないようじゃ、彼女の隣に立てません」


 思い切り握りしめられた、岩のように固い拳が。

 ミラの腹部へと叩き込まれた。

 軽装備の彼女の体は軽々しく、廃屋を巻き込みながら吹き飛ばされていく。

 やがて轟音が鳴り止み、瓦礫が作り上げた粉塵が舞う。


「はあ、はあ……」


 一撃を入れた。避けられた感覚もない。しかしルアトは、その険しい表情を崩さない。

 分かってしまったのだ。彼女はまだ戦闘不能には陥っていない。意識もあり、再びルアトの前に立ち塞がってくるだろう。

 何故分かってしまうのか。


 簡単なことだ。拳で殴った時、手応えがまるでなかったからだ。

 正確に言えば、鎧でも着ているのではないか、と。そう感じてしまうほどに固い感触がその拳に返ってきた。

 これが意味することは――


「……驚いたな。お前が魔獣だったとはな」


 粉塵の中、何事もなかったかのようにミラが姿を現す。当然、その腹部含めて、外傷らしい外傷は見られない。


「――思い切り、殴ったんですけど……」

霧消象る(ニネミーア)安寧の風避け(=ルスティカ)。魔術で起こした風による鎧のようなものだ。中々いいパンチだった。さて――」


 彼女の瞳に敵意が宿る。それまでは敵対関係にはあったものの、明確な敵意のようなものはなかった。

 しかし今の彼女からは、ルアトを処理しようという意志が明確に研ぎ澄まされて向けられている。


「魔獣相手に、手を抜くわけにもいかないな」


 こちらの渾身の攻撃は防がれて、勝ち目など見えない。そんなことは、この戦闘を通して分かりきっていることだった。

 ミラに勝てるビジョンだとか、一矢報いる覚悟だとか。

 そんな思考は今は邪魔だ。


「――きっと、あの方なら諦めないでしょうしね」


 ルアトが導き出す選択は、攻勢を止めないこと。どれほど劣勢だろうが、弱気になればそのまま終わる。

 ルアトは思い切り息を吸い込み、そして――


翡翠竜の(スマラグドラ=)息吹き(レスピーレ)!!」


 深緑の爆炎が、ルアトの口から吐き出される。噴き出した炎はミラの全身を包み込み、広がっていく。


「その程度の炎で私の防御が――」


 彼女のセリフが途中で切れ、眉をひそめる。その身を包む炎の違和感に気が付いたのだろう。炎は彼女の体を焼くことはない。しかし、確かに焔は燃焼を止めることはなく、彼女の体にまとわりつく。全身が焼かれないのは、ミラが防御魔術を施しているからではない。別のモノを燃やすことにより、緑の炎は盛っていた。


「――これは、魔力を焼く炎か……」


 それに気が付いた時には、すでにルアトの身はミラの眼前へと迫っていた。

 繰り出される拳に、彼女はすぐさま腕を構え防御体勢を取る。振りぬかれた拳は確かに防がれてしまったものの、しかし今度はしっかりとした手応えが伝わってきた。

 ミラの体が、勢いよく吹き飛ばされ、着地点である廃屋が崩れていく。


「……僕の母は、世にも珍しい深緑の炎を吐きました。それを見たのは、人生で一度だけですが、傷つけずに、戦う力だけを奪う優しい炎だと、そう思ってます」


 緑の雫を口元から溢し、粉塵を見据える。

 叩き込んだ全霊の一撃は、彼女を先頭不能まで追い込んだだろうか。

 そんなはずはない、と。心の内では思ってしまう。これまでの数撃、お互いに攻撃を打ち込んできたが、これで倒れる彼女ではないはずだった。


「――良い技だ。それに、お前からは善性を感じられるな」


 土煙の中から、彼女は姿を見せる。やはり倒れてくれない。最早取れる手段も限られてくる。ルアト自身の体の限界も近い。撤退を視野に入れ始めたその時、彼女の声が優しく震えた。


「だから、残念でならない。お前をここで殺してしまうことが」


 土煙が完全に晴れる。そこにいたのは、それまでのミラではあった。姿かたちに変化はない。

 しかしその背後。

 彼女の背に、光の紋様が浮かんでいた。光を背負う彼女から、あるいは、その神々しさからしばらく目を離せず、ミラが一歩距離を詰めてようやく、ルアトは我に返る。


「なんですか、それは……」

「高濃度でできた魔力の塊だ。またの名を、【天鎧(てんがい)】と呼ぶ」


 これまでの比較にはならないほどの圧が、彼女から放たれる。逃げることは叶わないと、諦めてしまいそうになる。

 しかし、ルアトの瞳はまだ燃えていた。


「魔力なら、僕の炎で焼いてやりますよ」

「そうだな。だが、お前にはそれはできないだろう」


 何故、と。そう問いかけることもできなかった。

 それよりも前に、ミラの声が、広場に震える。


「――構えろ」


 それが耳に届いたのと、顎に衝撃が加えられたのはほとんど同時だった。

 襲い掛かる浮遊感、そして遅れてくる痛み。


 ……なんだ?

 浮いている? どうして? 痛い。熱い。何が起きた?


 思考はそれよりも遥かに、遅く動いていた。

 遥か上空まで打ち上げられたルアトの、そのさらに上空へとミラがいつのまにか跳躍している。


「――天衝」


 彼女は手のひらをルアトの腹部につける。それを知覚をすることもできず、彼の体は地面に叩きつけられていた。


「がは――っ」


 口から深紅の赤が吐き出され、ルアトの体と共に地面がめり込む。

 既に、ルアトの思考は途切れていた。指一つ動かすこともできず、気を失っている。

 それをミラは、悲哀に満ちた表情で、しかし冷たく言い放つ。


「……天衝を喰らって、五体満足でいられるヤツは初めてだ」


 誰にでもなく、語り掛ける。地に降りた彼女は、その手を上へ掲げる。


「――天爆」


 ルアトの周囲を巻き込んで、天へと昇る爆炎が轟いた。


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