ルアト②
と、そう格好つけたはいいものの、さすがに多勢に無勢。これ以上の策もなく、やることと言えば、逃げてはたまに返り討ちにしたりするだけ。
それを繰り返している内に、次第に人気のない場所へと迷い込む。
「こっちの方に来たはずだ!」
「気を付けろよ! 曲がり角からいきなり拳が飛んでくるぞ!」
そんな怒号が遠くから聞こえてくる。それなりに距離は離したが、立ち止まっていればその内追いつかれるだろう。
「しつこいですね……」
あまりの執拗な追跡につい独り言ちてしまう。
人の流れに逆らうように移動をしてきたからか。逃げたその先に人の気配はない。これだけ広い街だ。そういう場所もあるのだろう。
ただでさえ長身で目立つのだ。こんな誤魔化しのきかない場所に長居する意味もない。
ルアトはこの区画を抜けるべく、曲がり角を曲がり、大広場へと足を踏み入れた。
「……あれは――?」
大広場の中央。かつては賑わっていたのだろうその場所の周囲は、ボロボロの建物が並んでおり、廃墟同然となっている。
そんな場所の中心に立つ、一人の若い女性。肩ほどに短く切り揃えられた、夜にもかかわらず目を惹くほどに眩しい金髪。その衣装は銀の胸当てに丈の長いマント、ハーフパンツに革のブーツといった出で立ちで、腹部は無防備にもその柔肌を曝け出している。
そんな軽装備ともいえる彼女は、誰かを待つかのように腕を組み佇んでいた。
「――誘導、ご苦労だった」
そんな凛とした涼やかな声が、静寂に響く。
ルアトがその女性を横目に、大広場の中心を横切ろうとしたその時、耳をつんざくほどの金属音が鳴った。
それが何か。
原因を特定するよりも前に、その時は訪れる。
「――っ!?」
ルアトの横腹を襲う、耐えがたい衝撃。思いがけない一撃に、そのまま真横に吹き飛ばされてしまう。
勢いを殺しきれず、廃屋にその身を叩きつけられるものの、竜鱗のおかげでそれによるダメージはない。
代わりに廃屋がわずかに崩れ、木片や瓦礫が周囲に散らばった。ルアトは、体に降り注いだそれらを手で払いながら立ち上がる。
油断していたつもりはなかった。しかし、想定を上回る速度で斬りつけられた。
咄嗟の回避が間に合わなかったのだ。
「殺すつもりで斬ったんだが、無傷とはな」
鋭い眼光がルアトに突き刺さる。その手には一本の剣。白銀の刀身に緑の紋様が描かれている。
彼女の背丈の半分以上はあるであろうそれを、片手で軽々と持ち上げてみせると、それをまっすぐにこちらへと向けた。
「お前が連れていた角の生えた子ども。どこへ隠した?」
「……言えません。というか、恥ずかしくないんですか? 寄ってたかって子どもを捕まえようとするなんて」
「恥やプライドでは平和は維持できない。私だって、子どもを捕らえることは心苦しいが、魔獣の子が出没していると街から通達が入った。この街には偶然訪れていたんだが、放っておけば、被害が出る可能性もある。早急な対応が必要だろう」
「少年が、無害だとしても、ですか?」
「……それは、捕まえてから見極める」
彼女の瞳に揺らぎはない。恐らく、対話による説得は成り立たないだろう。まだ彼女には慈悲の心があるようだったが、それでもこうして剣を構えている以上、戦いは避けられないようだ。
「私の名はミラ=アステイル。勇者を志す、流れの傭兵だ」
「……どうして名乗る必要が?」
「勇者とは、その名を聞かせるだけで悪を戒める存在でなければ意味がない。まだ私は勇者ではないが、ゆくゆくはこの世の悪から全てを守る存在となるつもりだ。そうなった時、言葉が通じるモノに私の名を知られていた方が何かと都合がいいだろう」
「……言っている意味は分かりませんし、君が勇者を目指している意図も不明ですね」
根本的に相容れない、と。ルアトはそう判断する。早々に立ち去りたい思いもあったが、どうにも逃がしてくれる素振りもない。こうして喋っている間はいいが、それも時間の問題だろう。
「魔獣の子どもは捕まえる。そのために、お前から情報を貰わなければならない。痛い目に遭うことは覚悟してもらうぞ」
「わざわざ忠告してくれるなんて、優しい人ですね。さすがは勇者を志すモノ」
皮肉めいたようにそう言うものの、向けられる切っ先がぶれることはない。彼女がその剣を持つ手を、弓矢を引くように構えた。
そして――
「――っ!」
家五件分ほどあった間合いは一瞬で詰められる。その切っ先がルアトの喉元を突き破る直前、咄嗟に真横に身を引いて直撃は避けた。
そのまま、彼女の剣は轟音と土煙とともに廃屋へと突き刺さる。
廃屋が音を立てて崩れていく中、粉塵に紛れてその瞳が光る。
(……来る!)
そう判断して身を引くが、刃の一閃がルアトの腹部を捕らえて見舞う。竜鱗があるものの、内部への衝撃までは殺せない。宙でクルリと回って体勢を立て直すルアトだったが、地に着く前には彼女の顔が間近に迫っていた。
(間に合わない――!?)
速すぎて対応できない。身構えてその腕で防御するものの、ミラはルアトの脇を素通りしていく。
「……なにを――」
疑問が最後まで言葉になることはなかった。
突如全身に襲い掛かる斬撃の嵐。一撃一撃が、軽いわけもない。すでに受けた一閃と同様の重みが、全てに乗っている。
「ぐっ――」
全てを受けきるものの、さすがに無傷というわけにはいかなかった。
「ようやく、ダメージらしいダメージが入ったな」
そうミラは不敵に口元を歪めた。
頬や肩、手足に作られた無数の切傷から、鮮血が流れ出て地面に落ちる。
何とか両足で立てているが、しかし今にも倒れてしまいそうなほどに体は疲弊している。
(何も見えなかった――)
彼女が振るう剣筋も、一挙手一投足も、何もかも視認できなかった。
ルアトは、目の前で剣を携える彼女を見据える。
彼女は強い。恐らく今まで見てきた誰よりも。
いや、一人だけミラをモノともしない人物に心当たりがあった。
ルアトは、激しい呼吸を整えながら、思考に重なる紅蓮の髪の少女を思い出す。
「……何故お前が魔獣の子どもを助けるか、理解に苦しむ。お前の目的はなんだ?」
勝利を確信しているのか。ややその瞳から放たれる敵意は薄まって感じた。それでも警戒は解いていない。こちらが何か行動を起こせば、すぐに反撃してくるだろう。
ルアトとしても、会話に乗じるのは望むところだ。ミラの問いかけに、時間を掛けて応じることにする。
「……言ってもどうせ、理解できないでしょうけど、答えてあげます。……特別ですよ?」




