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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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大都市ディアフルン②

 ダクエルが住む下層部は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。

 通りは狭く、道にもゴミや小動物などの死骸が散らばっていて、どことなく空気も悪く感じる。

 太陽は昇っていて、明るいはずなのに暗くジメジメとしたそこは、上層部に比べると住み辛い場所だと思わざるを得なかった。


「……人もあんまりいないのね」

「昔は下層なりに活気もあったんだが……、今ではまるで人が出歩かなくなってしまった。『暗がり歩くと魔獣が来るぞ』。そんな子どもへのしつけが流行っていてな。やがて誰も、用事がなければ出歩かなくなってしまった」


 寂しそうにそう笑う彼女は、狭い路地を慣れた様子で歩き続け、やがて目的地へと辿り着いた。


「さあ、ここが私の家だ。どうぞ、自分の家だと思って使ってくれ」


 そこは何の変哲もない、ただの木造の民家。ところどころがボロボロな点も含めて周囲の家々と代わり映えのしないそれを見て、家へと入っていく彼女の後を追う。

 家の中はと言えば、きちんと整頓されており、清潔さが保たれているようだった。調度品はどれも年季が入っていたが、逆にそれがモノを大切に扱っている風にも見える。

 先ほどまで見ていた下層部の様子との環境差に戸惑うものの、ずっと立っているわけにもいかない。

 シャーミアは適当な椅子へと腰掛けた。


「……さて、まずはこの街の日陰な部分を見てもらったが、それには理由があってな。この下層部を、元のような場所に戻すことが私の目的なんだ」

「ここを見て理解しました。この街へと入った時に渡った長い廊下。それは、この街の下層部を隠すためのものだったんですね」

「そうだな。元々下層部と上層部に別れてはいたんだが、今の王――、イデルガに王が交代してからは一層差別が激しいモノになった」


 同じ都市に生きる人間であるはずだ。何故ここまで分けられなければならないか。

 命に、価値の差などあるわけもないのに。


「だからダクエルはイデルガを倒そうとしてるのね」

「それもある。だが先ほども言ったが、イデルガはこの国の魔獣騒動に関わっている、と私は見ている。あまつさえ地下で魔獣が作られていると噂されているほどだ。火のない所に煙は立たない。真偽のほどは不明だが、やつは必ず、どこかでこの国を歪めているだろう」


 ダクエルは強い意志をその目に宿す。イデルガに対しての敵意を隠そうともしていない。噂はともかくとして、下層部の扱いが酷くなった部分だけでも怒りの矛先を向けるには十分な理由なのかもしれなかった。


「そうじゃ。それに関して、オレから言いたいことがある」


 突如、思い出したようにファルファーレが声を上げた。何事かとその場の視線が彼に集まり、言葉の続きを待つ。


「オレは創られた魔獣じゃ。それはシリウスも言っていた通り。じゃが問題は、誰によって創られたかじゃ」

「さっきダクエルが言ってた、都市の地下で創られてるって話でしょ?」

「そうじゃな。じゃがそれはあくまでも表向きの、目くらましで流された噂じゃ」

「本当は違うって言うの?」

「ああ。――オレたちは、イデルガに創られた」

「はあ――?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。ダクエルも驚いた顔をしていて、言葉を失っているようだった。


「……アンタねえ。幾ら勇者でもそんな命を生み出すみたいな能力、あるわけないでしょ」

「たしかに、ここまでの精度でレプリカを創れるのは、神と呼べるレベルの性能じゃが……」


 未だに勇者の本域を、シャーミアも目の当たりにしたことはなかったものの、シリウスが苦戦するほどだ。不可思議なことを操っていてもおかしくはない。

 それに実際に見たのだろう。ファルファーレが創られたその時、その場にいた人物を。

 信用と否定の中で揺れ動く中、不意にシャーミアの体から声が響いた。


「――さすがの勇者でも、そこまでの特異星(ディオプトラ)は持っておらぬ」


 シリウスの声と共に、ヌイがシャーミアの髪から顔を出した。彼女はそのままシャーミアの膝に座り、寛ぐ。


「仮にそのような能力であれば、もっと魔獣は無尽蔵に増え続けておるだろう。彼奴の特異星(ディオプトラ)には、制約がある」

「制約?」


 シャーミアの疑問に、ヌイは頷く。


「彼奴の特異星(ディオプトラ)は、余の知っておる限りでは魔獣を人へと変えるモノだった。それは、魔王城へ攻め入られた時にも遺憾なく発揮されておった。しかし、それも十年前のことだ。人間が進化するように、能力も磨けばまた進化していく」

「……まさか――」

「そうだ。イデルガは、自身の持つ特異星(ディオプトラ)を、人間を魔獣へと変えることもできるように進化させた」

「――っ」


 ヌイの声が止んだと同時、机を叩く打音が鈍く響いた。ダクエルはその顔を俯かせ、机に乗せた拳を強く握る。


「外道め――っ!」


 彼女の吐き捨てるように絞り出されたそれに、シャーミアも心底で同意する。しかし、と。ふと一つの疑問が思考を遮った。


「でも、人間を使ってるなんて、国の人たちにばれるんじゃないの?」

「バレぬような人間を使っておる、あるいはバレても問題のない人間を用いておるのだろう。……例えば、ここの下層部の人間たちなどな」

「――っ、それって……!」


 ダクエルへと視線を向けると、彼女も理解しているのか、その瞳を伏せて首を横に振ってみせた。

 ダクエルの弟が何者かに攫われたと聞いた。まさかその犯人が国の人間だったなど、信じたくもないはずだ。

 それでも、現実から目を背けるわけにはいかない。彼女は嘆き悲しむでもなく、その怒りに身を焦がされる様子もなく、毅然とした態度を示した。


「私は、攫われた人間を助け出さなければならない。でなければ、弟にも顔向けできないからな」

「……でも、魔獣に変えられちゃって大丈夫なの? その、戻れるのかなって」


 変える、という行いがどういったものなのかをシャーミアは知らない。その命を使うというものであれば、もう戻ってこられないのではないかと不安になるが、ヌイが殊更に明るい調子でその疑問を打ち消した。


「安心しろ。魔獣になった人間は、死んではおらぬ」

「……なんでそんなこと分かるのよ」

「シリウスが取り込んだ魔獣、グラフィアケーン。アレをずっと解析しておってな。それがつい先ほど完了した。結果、創られた魔獣の体内には核があることが分かった」

「核? 心臓みたいなの?」

「いや、心臓とは別にあるもののようだ。それを調べたところ、核は複数の人間で構成されておる。それも、眠った状態でだ。人間の生命力を使用するのだから、殺してしまってはそれも使えなくなる、といったところだろう」

「じゃあ……!」

「ああ。攫われた人間は助け出せる。今は核から人間に戻す方法を、模索しておるところだ」


 優しく紡がれたその言葉に、ダクエルの顔が僅かに綻んだような気がした。しかしそれも一瞬。すぐに表情を引き締めて、声を張る。


「方針は決まった。私たち『ハウンド』の目的は変わらない。打倒イデルガだ。だが、その前に、攫われた人たちを助け出す。これ以上の被害も出したくないから、すぐにでも動きたいところだが……」


 その視線がヌイへと向けられる。

 彼女はゆるゆると首を振って、応えた。


「まだだ。三日後にこの都市で開かれる討伐祭。イデルガが言うにはシリウスをそこで処刑するらしくてな。タイミングとしては、そこが良いだろう」

「なんでわざわざ祭りの日を待つのよ? ……正直、シリウスならすぐに勇者の首を取れるんじゃないの?」


 シリウスの実力は知っているつもりだ。実際に勇者も一人倒している。わざわざ捕まる必要性もなかったのではないかと、ずっと聞きたかった。


「まずは様子見として、勇者と出会った。そして何もなければそのまま首を刎ねるつもりでもあった。……だが、彼奴の特異星(ディオプトラ)が想像以上に厄介そうでな。計画を変更せざるを得なくなったというわけだ。恐らく、余が強引に勇者を殺そうとしても、ただ時間を浪費するだけとなるだろう」

「勇者側の備えも万全ってわけね……」

「そういうことだ。故に、時期を待つ。彼奴が油断する、その時までな。すまないが少しの間、我慢をしてくれないか」


 ヌイのその提案に、ダクエルも頷いてみせる。


「当然だ。シリウスさんほどの力を借りられるなら、タイミングはそちらに合わせた方がいいだろう」


 方針は決まった。ルアトもファルファーレも首肯する。ただそうなると、祭りの日まで待つということになるわけだが――


「それまで街を見て回ろう!」

「アンタが回りたいだけじゃないの?」


 呆れながらヌイにそう言うものの、彼女のワクワクした顔を見ると、否定するつもりにもなれない。


「僕もヌイ様の意見に賛同します」

「アンタはいつだって賛成するでしょ」


 基本否定することを知らないルアトの発言に、しかしファルファーレも同意する。


「オレも街へ向かおう。祭りまでの下調べじゃ」

「はあ……、まあここにいてもやることないわよね」


 それに他の国の祭りにも興味がある。シャーミアも俄かに街の散策へと前向きになったところで、ダクエルが声を上げた。


「ああ、是非この街を見ていってほしい。下層部はこんな状態だが、上層部はいつも通りのディアフルンだ。存分に楽しんできてくれ。私はここで待っていよう」


 その言葉に背中を押されて、三人は街へと繰り出す。

 ヌイは早々にシャーミアの中へと隠れてしまったが、それが賢明だと思う。


「それじゃ、行ってくるわね!」


 扉を開け、見上げる街の上層部。遠い世界のような、その場所からは賑わいを報せる喧騒が下層部に降り注いできていた。

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