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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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ファルファーレ

 ファルファーレ、と。そう呼ばれた彼は、ニコニコと嬉しそうにしながら近づいてくる。それに対して、ヌイ以外の全員が警戒態勢に入った。


「第十子って……! それじゃ、あのグラフィアケーンみたいに、魔王の子のニセモノってこと!?」

「ニセモノだなんて酷い言い草じゃの。そう警戒せんでくれ。オレは創られた魔獣じゃが、そいつらとはちょっと違う」

「何が違うってのよ」


 シャーミアが黒い短剣を下ろすことなく、敵意と共にそう尋ねる。

 先刻戦ったグラフィアケーンは中身はともかく、外見については魔王の子と同質のものだった。実の家族であるシリウスがそう言っていたので、そこに間違いはない。

 シャーミアの疑問はもっともだったが、その問いかけに応じたのは意外にもヌイだった。


「ファルファーレは誓約を扱うことに長けておった。相手と自分との縛りを繋ぐことも、破ることを得意とする特異星(ディオプトラ)を有しておるからな」

「さすが優秀なオレの妹じゃな! シリウスの言う通り、オレは創られた時、自分に掛けられてる契約に気がついた。後は、まあ上手くそれを誤魔化して、自由を手に入れたわけじゃな」

「だが、それは特異星(ディオプトラ)でやったことではないだろう?」

「そうじゃな。オレたちに特異星ディオプトラは付与されんかった。これは、オレの生来の癖みたいなものじゃ」


 手に視線を落として、握りしめたファルファーレ。その手首には黒い枷が嵌められている。一瞬その表情が陰ったように見えたものの、瞳を上げた彼は先ほどまでと同様な、明るいモノへと戻っていた。


「だから他のモノと違って、記憶も有してる。じゃが、記憶の中にあるシリウスとどうも違ってるな。……お前さん、そんなに小さかったか?」

「……そうだな。色々と説明をせねばならぬな」


 ヌイが渋々と言った様子でこれまでの出来事を話し始めた。

 自らがシリウスの分体であること。本体は大都市ディアフルンに連れていかれたこと。旅の目的が、勇者イデルガの討伐であること。

 話すことは尽きないが、それでも簡潔に要点を絞って説明をする。


「……それで、隣におる銀髪がシャーミアで黒髪がルアト。どちらも余と旅を共にする仲間だ」


 それを受けて、ファルファーレが視線を向ける。

 ヌイは何の問題もなく振る舞っているものの、魔王の子についての知識もないシャーミアたちにとって、彼らの印象は警戒に値する存在。

 それをファルファーレも分かっているのだろう。

 真面目な顔から一転、底抜けに明るい笑顔を二人に向けた。


「そうかそうか! お前さんたちがシリウスの仲間か! オレはファルファーレじゃ。あくまでも創られた、借り物の体にすぎないがまあ大体本人じゃ。よろしくな!」


 差し出されたその手に、シャーミアは戸惑う。

 当然だろう。同じくシリウスがレプリカと呼んでいたグラフィアケーンは、明確に敵対する意思があった。

 だが、目の前にいる男性は友好的な態度で接してくる。

 ここで躊躇しない人間は、ほとんどいないだろう。


「安心しろ、シャーミア。此奴は、さっきのやつとは違う。それは、余が一番分かっておる」


 結局、自分自身で判断をつけられないシャーミアは、ヌイのその言葉を後押しとしてその手を握った。

 ごつごつとした、男性らしい手は暖かく、まるで普通の人間と同じように感じられる。シャーミア、ルアトと順に手を握っていき、ダクエルもまたそれに倣った。


「私はダクエルだ。この辺りにある集落、『ハウンド』の長を務めている」

「お前さんについては、知ってるな。遠くからじゃが、何度か顔は見かけた」


 ファルファーレは言いながら、満足そうな顔を浮かべる。


「お前さん方が良い人たちで良かった。オレも兄として、ひと安心じゃ」

「いや、そのシリウス本人が連れ去られちゃってるんだけど……」


 シャーミアは遠くを見やる。その視線の先には何も映らない。ただの街道と森林ばかり。遠くに消えたシリウスの姿は、もう見えない。

 その姿を、ファルファーレは眺めていた。


「……お前さん方、シリウスは好きか?」

「……何よ急に」


 突然の問いかけに、シャーミアははぐらかし、ルアトはその身を前のめりにさせる。


「僕は大好きです」

「そうか。オレも好きじゃ」


 ニヤリと彼はそう笑うと、腕を組んで悩む素振りを見せた。


「実はな、オレも勇者イデルガを倒したいと思っていたんじゃ。じゃが独りでは到底敵わない。どうしたもんかと、日々悩んでたところ、お前さん方、いやシリウスの魔力を感じ取った」

「魔獣なのに、イデルガを倒したいと思うのか?」


 ダクエルは耳を疑ったようにその声を上げた。

 この国で魔獣と言えば、人間の敵。そう認識している中で、自身と目的を同じにする創られた魔獣がいれば、驚くのも無理はないだろう。

 それに頷き返すファルファーレは、その手を腰に当ててその場全員に視線を送る。


「オレは魔獣たちは自由であるべきだと思ってる。じゃから、何かに縛られてる魔獣たちを見てられんでな」


 創られた身でありながら、それに抵抗する意思を見せる。

 難儀な存在ではあるよう感じられたが、それにダクエルは空気を漏らすように笑って返した。


「そうか。貴方も大変な身だな。だが、目的が同じようで安心した」

「基本的には人間たちとは敵対したくないもんじゃからな。仲良くできるなら、それに越したことはない」


 そう朗らかに語るファルファーレが、ヌイにも同じように言葉を投げ掛ける。


「お前さんもそう思うじゃろ?」

「……まあファルファーレの言うことにも一理あるな」


 明るい彼とは対照的に、不機嫌を隠そうともしないヌイ。そこについていつもと違う様子に、シャーミアが口を開く。


「どうしたの、ヌイ。機嫌悪そうだけど。お腹でも痛いの?」

「子ども扱いするでない! 余はファルファーレとは少し相容れぬのだ」


 とうとうそっぽを向いてしまうヌイに、ファルファーレ以外のその場にいる人物たちが首を傾げる。

 ファルファーレも困ったように笑い、頭を搔いた。


「そう邪険にせんでくれ。オレが悪かったからさ」

「いいや! お主は到底許されぬことをした! 余はずうっっと根に持っておるからな!」


 ワイワイと、小型犬のように吠えるヌイと困った笑みを浮かべるファルファーレ。そこに割って入ることも憚られたが、しかしつい気になってしまう。


「アンタがそんなに言うなんて、いったいコイツが何したのよ」


 シャーミアの問いかけに、ヌイが黙ってしまう。アレだけいつもうるさいヌイが口を閉ざしてしまったことに動揺してしまうものの、やがて彼女は言葉を漏らし始めた。


「――た……」

「え?」

「此奴は、余が楽しみに取っておいたおやつを勝手に食べよったのだ!」


 若干、その瞳に涙を滲ませながら、ヌイはそう訴えた。

 しばし訪れる静寂。聞き間違いかと、そう思ったシャーミアは一応確認を入れる。


「……おやつ?」

「そうだ! 楽しみにしておったのに!」


 同時に弛緩していく空気。

 問いかけた張本人はがっくりと肩を落とし、ルアトとダクエルは微笑ましいモノを見るように微笑を湛えている。


「じゃから、ずっと謝ってるじゃろう」

「許さぬ! 食べ物の恨みは一生残り続けるからな!」


 存外に子供っぽい一面を見ることができて、シャーミアもまた笑ってしまっていた。

 普段見せることのない彼女のその姿は、シリウスに対してより一層戻ってきてほしいと感じてしまう。

 それは、何もシャーミアがただそう思っただけではなかった。


「……それで、これからどうするんです?」


 ルアトがそう口火を切った。言葉では確認を取るものの、しかし既に覚悟は決めたという瞳をしている。


「僕は、シリウス様を助けに行きたいです」


 助ける、というと語弊が生じるかもしれないが、少なくともじっとはしていられない、と。そういう口ぶりだった。

 シャーミアも、それに倣って頷く。


「あたしも、シリウスの目的とかそれとは関係なしに、アイツを迎えにいってやってもいいわ」


 言いながら、彼女の視線はヌイへと注がれていた。

 ヌイはシリウスの意志や思考が分かる。彼女が止めろと言えば、二人は止まるつもりでもあった。

 だが意外にも、ヌイはそれを肯定する。


「助けるだの迎えに行くだの、お主らの助力も必要ないが……、まあ概ね問題ない。どの道、ディアフルンへは向かう必要があったからな。今行っても後から行っても、変わらぬだろう」

「オレも行こう」

「……お主は同行しなくても良いぞ?」

「せっかく久々に出会えたんじゃ。本体の方とも会っておきたくてな」

「むう……」


 あっけらかんと言うファルファーレにヌイが険しい顔を見せるものの、シャーミアたちはそれを優しく見守ることしかできない。


 こうして、次の目的地が決まる。

 シャーミアとルアトは、シリウスを救うために大都市ディアフルンへと向かうのだった。

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