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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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守護騎士団『メサティフ』

 焼け焦げた土の臭いが周囲に満ちる。

 黒煙を残すグラフィアケーンの体は、やがてそのままシリウスの方へと倒れ込む。

 彼女は、逃げる素振りも避ける様子も見せない。ただ黙って、右手を翳す。


「グラフィアケーンが……!」


 シリウスの手がその巨体に触れた直後、それは淡い光を纏い、シリウスの体内へと吸い込まれていった。


 それまであった、場を牛耳る存在感は露と消え、残されたのは四つ足の魔獣、アスプロスリュコスの群れ。

 その群れの統率者が一撃で消された。横たわる事実は周囲にいる魔獣たちの逃走を促す結果となったようで、誰ともなく次々と森の中へと逃げていく。


「なにぼーっとしてるの! 部隊を数人に分けるわ。手分けして散り散りになった魔獣たちを追い掛けるのよ」


 それまで成り行きを見守っていた副騎士団長のルシアンが、呆然としている騎士たちに発破をかける。騎士たちもその声で我に返ったのか、慌ただしく彼女の命令に従い、森の中へと捜索に向かっていった。

 まるで何もなかったかのように、その場には静寂が満ちる。


 風が吹いても、グラフィアケーンの体がその場から消えても、焼け焦げた臭いは簡単には消えてくれない。

 それは何も臭いだけではない。

 グラフィアケーンの断末魔が、焼ける兄の姿が、こびりついてしまっている。

 取るに足らない、創造物でしかないものではあったが、シリウスの思考を鈍らせるには十分な破壊力だった。


「……シリウス、って言ったかしら。――貴女、何者なの?」


 脅威は去った。そう判断したのだろうルシアンは、シリウスに近づきながらそう尋ねる。

 当然、それは友好的な歩みなどではなかった。

 敵なのか、あるいは話が通じる相手なのか。それを見定めるための、警戒心に溢れた接触。

 大方、彼女はシリウスのことを只者ではない相手だと認識したのだろう。そこに誤りはない。寧ろ、そう判断できたにもかかわらず尚近づこうとする意志を、シリウスは評価する。


 天を見上げていた。

 そうすることで何が変わるわけでも、何かが癒されるわけでもないのに、そうしていたかった。

 しかしそれも数瞬。再び視線を下げた彼女は、いつも通りな調子で、ルシアンの疑問に応じた。


「余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。父を魔王とし、十二いる子のその末子だ」

「魔王の子!?」


 彼女は即座に剣を構える。その視線は鋭く、突き刺さる。

 先ほどまで暴れていた魔王の第九子を名乗る魔獣の件もある。ルシアンのその反応も当然だと言えた。

 だが、それに異を唱える者もいる。


「ルシアンさん。剣を納めてくれ」


 ミスティージャがルシアンの背後からそう呼び掛けた。瞳に浮かび上がる僅かな逡巡。

 次いで、ダクエルもまた同じように諭す。


「ルシアンも見ただろう? 彼女は、魔獣を討ってくれた。そんな人に、剣を向けるヤツがいるか?」

「……なんで貴女はそんなに冷静にいられるのよ?」

「私だってシリウスさんの実力は初めて見た。その上で、確信した。彼女は、人を傷つけるような存在じゃない」

「どうしてそう言えるのかしら?」

「……根拠はない。強いてあげるなら、ミスティージャが信用していて、それから、まあとてもではないが悪人には見えない、というのが理由だな」


 ダクエルの言葉はシリウスを弁護するものだが、中身については主観的な主張しかない。

 ルシアンとしては、その話を聞き流すことも、突っぱねることもできる。ここでやはり、シリウスに対して剣を振るっても、その点でルシアンを責めることはないだろう。


「――はあ……」


 だが彼女は溜息と共に、その剣を鞘に納めた。


「分かったわよ。実際、グラフィアケーンも倒してくれたし、貴女からは敵意を感じられないわ。……でも!」


 しかし視線は鋭いままに、語気を強めてシリウスと対峙する。


「もしもこの先、貴女が悪事を犯したなら、私がこの剣で断罪してあげるわ」

「……良いだろう。そうならぬよう、余も誠心誠意に日々を生きるとしよう」


 無論元より、断罪されるつもりはある。既に勇者殺しの大罪人。他にも人を殺してきた。

 シリウスは僅かに自らの手へと視線を落とし、しかしすぐに視線を外す。

 今更、命を奪うことに躊躇もない。自らの意志で始めたことだ。後悔も葛藤もなかった。


「何はともあれ、これで一件落着だな」


 ミスティージャがそう締め括ろうとした。雰囲気が弛緩している。それまで戦闘があったとは思えないほどに、空気がぼやけ始めていた。

 シリウス以外は。


「――いや……」


 彼女はダクエルやミスティージャがいるその先を見据える。

 視界には何も映っていない。だが確実に、その気配は近づいてきていた。


「お主ら、警戒は怠るな」


 やがてそれは姿を現す。

 街道を騎乗し行軍する騎士団。小気味良さすら覚えるほどの統率された足並みを率いる、その人物。

 ミスティージャはそれを見て、あっと声を上げた。


「師匠!?」


 茶色い髪を後ろで縛り、頬にできたほうれい線が年齢を感じさせる。師匠と、ミスティージャにそう呼ばれた男性は、騎乗していた馬から降りて、そうして恭しく頭を下げた。


「大都市ディアフルンを守護する騎士団『メサティフ』の長、トゥワルフと申します。魔王の子、第九子であるグラフィアケーンの出現、及び謎の火柱の発現報告を受けて、参上しました」


 そうして再び上げた彼の顔はまっすぐに、シリウスを見つめていた。

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