ハウンドの長、ダクエル②
生命としての魔獣ではない。そこにいるのは、ただの意志無き魔獣の形をした何か。シャーミアは、その手で気絶している魔獣を撫でながら声を落とす。
「とてもじゃないけど、そんな風には見えないわね……」
「精巧に産み出されたレプリカのようなものだな。誰かに操られておるわけではないようだが、簡単な命令は受け付けておるのだろう。この魔獣の製作者にな」
そこで言葉を区切り、改めて本題に話を戻す。
そもそも、ここへ来た目的。その内容へと。
「さて、余から話せることは以上だ。何か、事実と異なる点はあったか?」
彼女の確認にその瞳を見開き、驚いたような顔をしたままダクエルが応じた。
「凄いな。この短期間でそこまで分かってしまうとは……。貴女たちはいったい何者なんだ?」
「この人たちはただの旅人じゃねえんだ、ダクエルさん。シリウスさんは、あの魔王の子だ」
「魔王の子……!? そんなバカな話があるわけないだろ! こんなに良い人なんだぞ!?」
「いや、ホントなんだって! 本人もそう言ってたし!」
ミスティージャの言葉を受けてダクエルが視線を向ける。
ことこの国において、魔獣の王、その娘である存在がいることを否定したくなる気持ちは分からなくはない。
彼女を安心させるためシリウスは改めて、その身分を明かすことにする。
「ミスティージャの紹介の通りだ。余は十二いる魔王の子の唯一の生き残り。名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。ただ先ほどまで同様、シリウスと呼んでくれて構わぬ」
普段と何も変わらない口調でその名を伝えるものの、ダクエルの懸念が晴れることはなさそうだった。未だにその表情は困ったような、あるいは戸惑っているような様相を示している。
「……信じられない、が。そこについて、話すことは建設的とは言い難いな。……それに――」
彼女はそこで一度言葉を区切った。
シリウスの真意を見定めるようにその瞳で見つめて、再び続ける。
「貴女が魔王の末子であるなら、少々相談したいことがある」
「ふむ。それは、余が魔王の子であることに関係があるのか?」
「……そう、かもしれない。だが、それを伝える前に私たちのことについて話しておこうと思う」
ちらりと、ダクエルがミスティージャの方へと視線を送り、彼はそれに頷き返す。
一つ深呼吸。
その彼女の表情からは、不安が漏れ出ていた。
ただの旅人、それも正体は魔王の子の生き残りと自称するモノだった。
そんな謎満ちる人物に、話してしまっても良いのだろうか、と。不安の材料の見当をつけるシリウス。
もっと決定的な、信頼してもよい証拠を見つけてからでも遅くはないかもしれない。
もっと確定的な、シリウスたちの気質を見抜いてからでも問題はないかもしれない。
ただ、そういった話ではないのかもしれない。
理屈ではない。
ミスティージャが信頼している。ただその一点のみで、きっと彼女は判断していた。
シリウスたちになら、話しても良いと。
それでも、葛藤はあるのだろう。彼女はその口を中々開かない。だから、シリウスの方から歩み寄る。
「その前に、余がここにいる理由を話そう。そうでなければフェアではないからな。――余の旅の目的は、勇者討伐だ」
「勇者討伐!?」
声を張り上げてそう叫んだダクエルは、すぐに自身の口を手で押さえた。
シリウスとしては他に漏れようがどうだって良かった。
彼女がこちらを信用してくれるというのであれば、こちらも彼女たちを信用しなければ道理に反する。
話した情報は、この場を円滑に進めるための必要経費だと言えた。
「す、すまない。つい声を上げてしまった。……えっと、少し尋ねてもいいか?」
「ああ、余で答えられる範囲ならな」
「シリウスさんは、何故、勇者への復讐をしようとしているんだ?」
そう問われ、僅かに思考する。
その質問に答えることは簡単だ。父の仇を討つため。それがシリウスが復讐をするに至ったきっかけ。
だが、彼女の聞きたい部分はそこではないのだろう。
私情を挟む意味はない。シリウスは復讐がもたらす結果と目的を挙げる。
「……勇者という存在が、世界を捻じ曲げておる。余は、世の在り方を正しく戻したいのだ」
勇者という指標がいるから、人間たちは誤認する。
魔が絶対悪であり、人が揺るぎない正義であると。
そのどちらにも、確たるものはないというのに。
シリウスが放った言葉が、どこまで信用されたのかは分からない。しかしダクエルの瞳からは幾分、不安が薄まっているように感じられた。
「……そうか。それを聞けて、良かった。私たちはどうやら、同じ志を共にする仲間ということになるな」
「余と同じだと?」
「ああ」
ダクエルが目を閉じる。
そして再び開かれたそれからは、もう戸惑いや迷いといった懸念の色合いは払拭されている。
彼女はシリウスとシャーミア、ルアトへと視線を巡らせていき、落ち着いた口調で吐き出した。
「私たちの最終目標はこの国の現王、『影の勇者』イデルガの征伐。『ハウンド』は、それを成し遂げるために私が立ち上げた、反抗勢力なんだ」




