表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
66/262

新生国家サンロキア③

「魔王の娘!? それに竜と人間の子!? いやそれ本当なのか!?」


 シリウスたちの紹介を聞いたミスティージャは人の目も憚らずそう叫んだ。疑念は抱きつつもしかし、どこか本当かもしれないという気持ちはあるのかもしれない。

 向ける視線は確認のそれだった。


「うむ。証拠などはないが、嘘ではない」

「いや信じる……、というか信じざるを得ないっつうか……」


 魔獣たちを文字通り瞬時に無力した、その光景を目の当たりにしたのだ。判断材料はそれだけで十分過ぎるようだった。


「えっと、じゃあもしかしてシャーミアさんも、ただの人間じゃないとか……?」

「期待に応えてあげられなくて申し訳ないけど、あたしは普通の人間なの。残念だったわね」

「そっか。シャーミアさんが俺と同じ人間で良かったよ。まだ、気が楽だ」

「ミスティージャ、って言ったわよね。アンタ王子なんだし、あたしたちに対してはさん付けじゃなくてもいいと思うんだけど」

「……王子がどうとか関係ねえ。助けてもらった恩人たちに対して、呼び捨てなんてできねえよ」


 彼は揺らぐことのない瞳を瞬かせる。そんな教育を施されたのか、あるいは彼自身の意志によるものか。

 ミスティージャからは警戒心は消えて、注がれる眼差しには尊敬の念が含まれていた。


「それで、その元王子様が何故魔獣に追われていたんでしょうか?」


 元と言えど王子は王子だ。こんな国の端の方の辺境の地で、ボロボロのローブを身に纏いながら過ごしていい身分の人間ではないだろう。

 ルアトの疑問に口を開きかけたミスティージャだったが、その視線はやがてシリウスへと流れていく。


「……お前たちが悪いヤツらじゃないことは、分かってる。実際、助けてくれたしな。けど、それだけで信用できるかどうか、まだ判断できねえ」


 苦しそうに、そう絞り出すミスティージャ。

 何か事情があるのかもしれなかった。

 元王子が、この場所にいる理由。それをシリウスは知る由もなかったが、彼が何かしら決断をしようとしていることは分かる。

 蒼い瞳で彼の姿を見据えて、落ち着いた口調で彼の意思を汲み取り、話す。


「よい。余たちは初対面で、それもただの怪しい旅の一行にすぎぬ。そんな者たちにお主の事情を話す方が、誤った判断だと言えるだろう」

「……助けてもらったのに、悪いな」

「謝るでない。慎重なのは良いことだ。寧ろ余としては、お主が自分の意志で状況を判断できる、そんな人物であることを知れたのが収穫だ。余が旅していることも、なるべく他者に知られたくない。口が軽いかどうかは別として、お主が信頼に足るような誠実な性格をしていることは、分かった」


 そう言い切る彼女に、ミスティージャは怪訝そうに眉を顰めた。当然だろう。会って間もないと言ったのは彼女だ。

 にもかかわらず自分のことを誠実で信頼に足る人物であると、そう評されたことに疑問を覚えるのは自然なことだった。


「そう言ってくれるのは、ありがてえんだけど。俺はシリウスさんの言うような人間じゃねえよ」

「お主自身がどう思っておろうが、余の認識を決めるのは余自身だ。難しいことではあるまい」

「そりゃあ、そうだけど……」

「それに、余としてもお主に問いたいことがある」


 ここで元王子に出会えたことはシリウスにとって僥倖だった。

 今の王のことが、多少なりとも知れるだろうから。

 彼女はその瞳で、まっすぐにミスティージャの碧眼を見つめて尋ねる。


「現在のサンロキアの王、『影の勇者』について、何か知っておらぬか?」

「……っ! なんで……」


 それまで澄んでいた彼の瞳が。

 芯のあるまっすぐな瞳が。

 揺らいでいた。

 ミスティージャの表情は一層苦しそうに歪み、しかし崩さないように必死に堪えている様子だった。

 何か、彼と勇者とで確執があるのかもしれなかった。

 元王の息子と現在の王。何かしら関係はあるはずだろうが、それを推察するようなことをシリウスはしない。


「余の旅の目的は、魔王討伐に加わった勇者への復讐。勇者連合軍の一人、『影の勇者』がいるこの国へは、そのために訪れた」

「イデルガさんを……!?」


 彼は驚いたように、その勇者の名を口にした。

 やはりミスティージャと勇者との間に何かしらの関わりがあるようではあった。しかし、友好的なものかどうか、まだ判断できない。

 彼は、その視線を泳がせて彷徨わせる。

 言うべきか迷っているのだろう。黙りこくってしまった彼を眺めながら、ルアトがすぐそばで耳打ちをした。


「教えてしまっても良かったんですか? もし勇者にこのことが知られたら……」

「問題ない。好きでやっておることだからな」


 シリウスはそう言って、俯いてしまったミスティージャを見据える。


「――余は、誰かを信頼することが好きなのだ」


 あるいは、その足を一歩踏み出すことが、好きだった。

 それは、生物の真価。

 生きる者の特権とも言える、進化する様が、シリウスの胸を躍らせる。

 故に、彼がどのような決断を下すのか待っていたが、その迷いは一筋縄ではいかないらしい。

 あるいは、最も難しい決断を迫ってしまったのかもしれなかった。


「すまぬな、お主にとって酷な選択だったか。無理して話さずとも良い。余たちはまた別の者に尋ねれば良いだけだからな。行こうか、シャーミア、ルアト」


 誰しも決断できないことはある。時には諦めも肝要だろう。踵を返してその場を立ち去ろうとするシリウスたち。

 それに、ミスティージャは慌てたように、あるいは縋るように声を振り絞って呼び止めた。


「――悪い、決心がつくまで、時間が掛かった」


 再び見せた彼は、先ほどまでの芯のあるものに戻っていた。

 相も変わらず疲弊した表情だったが、しかしその瞳には光が宿っている。


「イデルガさんのことについては、俺よりも詳しいヤツらがいる。そこで話を聞いてくれ。……それで、これは俺の勝手な依頼だけど――」


 彼は、勢いよく頭を下げた。


「この国を、救ってくれ。頼む」


 それは、彼の心の中の叫びだったのかもしれない。

 そもそも、こんな見ず知らずの旅人たちに頼むようなことではない。そんなことは、きっと彼も分かっているはずだ。

 それでも頭を下げて、助力を請うた。

 ミスティージャが下したその決断を、シリウスは真摯に受け止めて、頷いた。


「分かった。どちらにせよ、余は勇者と戦うつもりだ。それでこの国が救われるのであれば、何も問題はないだろう。……迷い、悩んだお主の判断を、余たちは蔑ろにしない。よく、結論を出してくれた」


 シリウスの言葉は、いつもと変わらないモノだった。優しいようで、しかし感情の起伏に乏しい。

 慣れ親しんだ者でなければ、彼女の心情の機微は測れないだろう。

 ただ確かに。

 感情は、そこに存在するのだ。

 下げたままの彼の頭を優しく撫でて、彼女は通り過ぎていく。


「――とりあえず、ここで制圧した魔獣たちは余が保護する。何やら異常なのでな。その上で、余たちをその詳細を知る者たちの元へと連れて行ってくれ」


 シリウスはそう言って、伸びている魔獣に触れると、それは淡い光となって彼女の体に吸い込まれていく。

 こうして、新生国家サンロキアへの入国は、慌ただしく幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ