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魔王の娘  作者: 秋草
第2章 過日超克のディクアグラム
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新生国家サンロキア

「それでは、余たちはここを離れよう。世話になった」

「ああ。もう二度と来るんじゃないよ。……そうそう、一つ聞きたいことがあったさね」

「なんだ?」


 敷地の出口へと続く花畑を歩きながら、シリウスは隣を歩くミネラヴァへと首を向ける。


「お前たちの次の目的地だよ。どこに向かうつもりだったんだい?」

「そうだな。ここからだとリオレ皇国と海運都市アイクティエス。カルキノス国に面しておるのはこの二国だ。どちらに行くかは、まだ決めてはおらぬが……」


 指を二本立てて、そう告げるシリウスにミネラヴァは唸るような声を上げた。

 迷っているような、葛藤しているような。

 しかめ面で眉間に皺を寄せていたが、やがてミネラヴァの口が開く。


「少し気になる噂があってね。魔獣に関わることさ」

「ふむ、魔獣か。世界的には討伐される対象となっておるが、それ以外で話題に上がることがあるのか?」

「寧ろ逆さね。討伐の話じゃない。この噂は、魔獣被害が増えてる、というものなんだからさ」

「被害が増えておる? この時世にか?」


 思わず聞き返してしまっていた。魔王がいた時でも、そういった話はあまり聞かなかった。それに、今は魔獣討伐の動きが世界全体で広がっている。

 ここに来て、そんな話が出るだろうか、と。シリウスの頭に疑問符が並ぶ。

 ミネラヴァも同じ感想を抱いているらしく、首を横に振って答えを持たない素振りを見せた。


「アタシも知らないさ。ただ確かに、そんな話は時折流れてくるんだよ」

「その魔獣の被害が増えておる場所は?」

「――国家サンロキア。今では新生国家、と呼ばれてるそうだね」

「サンロキア。確かあそこは――」


 ウェゼンが言っていた現在の勇者の居所。記憶に預けられたその情報を引っ張り出したシリウスに、ミネラヴァも同調した。


「そうだね。あそこには国王となった『影の勇者』がいる」


 魔獣被害の真相の調査に、勇者までいる。

 シリウスにとって赴かない理由はないに等しい。


「分かった。次の目的地は新生国家サンロキアだ」


 言うが早いか、シリウスは歩みを止めて後ろを振り返る。


「それで良いか? 二人とも」


 視線の先は銀髪赤眼の少女と、黒髪に黄金の瞳を携える青年へと向かっていた。少女はさして興味もなさそうに、青年は嬉しそうな笑みを浮かべ、それぞれ反応する。


「どうせアンタについてくから、どこでもいいわよ」

「シリウス様が向かわれる場所なら、僕はどこにだって向かいます」


 それに頷き返して、ミネラヴァへと再び視線を戻す。


「達者でな。精々、腰を労わるのだぞ?」

「ふん。そんな気遣いは無用さ。次会った時はその生意気な口の利き方を矯正してやるからね」


 最後まで敵対心を剥き出しにされていたが、これほど元気ならばきっと長生きしてくれることだろう。

 それにリュオンも、元気な騎士三人組もいる。ここでのやるべきことは、シリウスにはもうない。

 そうして、シリウスとシャーミア、そしてルアトは星待ちの寺院を後にした。


 目的地は新生国家サンロキア。カルキノス国から見て、方角で言えば南に位置するその国はリオレ皇国と海運都市アイクティエスを越えた先に存在する。

 元々国家サンロキアという名で、一年を通して穏やかな気候が続くため、主に畜産業が盛んであった。

 それが今では新生国家と名前を変えて、『影の勇者』を新たの王に据えた国となっている。


 と、それがシリウスの知っているサンロキアについての情報だ。

 地図を見れば、このまま星待ちの寺院から南下していけばいずれサンロキアに辿り着く。目立つ山もなく、鬱蒼とした森が広がっているのみで、シリウスたちの足でも数日あれば入国できるだろう。

 それほど過酷な旅にはならない。

 そう思っていたのだが――


「シリウス様。お腹空いていませんか? こちら寺院を出る際にいただいた保存食があります」

「気が利くではないか。頂こう」


 事あるごとにルアトが保存食を勧めてきては、シリウスはそれを口に含み――


「シリウス様。喉渇いていますよね。こちら先ほど汲んできた湧き水になります」

「うむ。丁度欲しいと思っておったところだ。助かった」


 数キロ歩いただけで水を手渡してくる彼の好意に、シリウスは乗りかかる。

 そんな光景を後ろから眺めていたシャーミアは呆れたように、というよりも半ば馬鹿にしたように言葉を吐き出した。


「……はあ。面倒なヤツが仲間になったわね」

「君にどう思われようが、僕は気にはしません。全てはシリウス様のため。対外評価を気にしていたら、何もできませんから」

「まったく……、これじゃ親バカならぬシリウスバカね」

「シリウス様のことを馬鹿にすると、僕の拳が飛んでくると思っていてください」

「今のはアンタを馬鹿にしたのよ。安心していいわ」

「そうですか。それならば良かったです」


 何がどう良かったのか。傍から聞いていると話の着地点がどこなのか見つけられなかったが、ルアトが納得したのならば良いのかもしれなかった。


「なあシャーミア! いま余のことを馬鹿にしたのか!?」

「してないから、アンタは黙ってなさい」


 彼女の頭の上に乗っかるヌイに、溜息と共に返すシャーミア。突然出てきた小さいシリウスの分体に、ルアトが反応を示す。


「これはヌイ様。本日もご機嫌なご様子で」

「うむ! ルアトも今日は小うるさいな!」

「お褒めに預かり光栄です」


 褒めてはいないだろうが、ルアトの肌の艶が良さそうなのでシリウスは何も言わない。

 しかし、彼はすぐにその瞳を鋭いものへと変貌させる。


「シャーミア。時に君の旅の目的を聞いていなかったのですが、何故シリウス様と一緒にいるんですか?」

「何よ、藪から棒に」

「シリウス様に近しい人間が何を考えているのか、知っておかないといけませんから。ちなみに僕は人間と魔獣の共存世界を目指しています」


 毅然とした態度でルアトは語る。

 シャーミアの目的はシリウスへの復讐だ。シリウスを信奉しているに等しい彼に、正直に話せば仲違いは避けられない。

 かと言って嘘を吐いてもいずれバレるだろう。

 どちらを話すか。

 彼女は、ひと時も迷った素振りを見せずに、胸を張って返す。


「あたしの目的は、シリウスを倒すこと。そのために、旅を一緒にしてるの」

「――っ! やはり君にシリウス様の隣を歩ませるわけにはいきません」


 すぐさま臨戦態勢を取るルアトだったが、シリウスはその眼前に手を掲げてそれを制す。


「止めよ。ルアトよ、お主は余のこととなると前が見えなくなる。悪癖だな。そんなことでは目的の実現は困難を極めるぞ」

「……っ! 申し訳ありません」

「それに、余はシャーミアへは何でもしてやることにしておる。復讐もその内の一つだ。理解してくれるとありがたい」

「シリウス様が、そう仰るなら……」


 口ではそう言うものの、納得はしていない顔をしている。

 シリウスは小さく嘆息を吐き、この旅路の将来を案じるものの。

 しかし同時に、賑やかとなったこの空間に、居心地の良さも憶えるのだった。

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