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魔王の娘  作者: 秋草
幕間③
63/263

ミスティージャ=スキラス④

「こちら、本日の食事となります」

「……ああ、ありがとう」


 渡された食事を見て、感謝と同時に溜息を吐く。パン二切れにチーズ一かけら。どう甘く見積もっても足りない。

 ミスティージャは牢屋の中でパンを齧りながら、再度溜息を吐いた。


 地下での一件があってから、騎士団から父への審問が行われた。何故父が地下にいたのか。あの時、一緒にいた人物は誰なのか。

 詳しく聞きたかったのだが、ミスティージャには父との面会が許されなかった。というよりも、会う機会がなかったのだ。

 父の審問が済むまでは別室で待機していて、それが済んだある日、この牢屋へと移された。


 理由は単純。

 父が罪人として扱われるようになってしまったからだ。

 何故父が、と。

 そう問いかけるも応えてくれるものは周囲にはいない。


 ミスティージャは罪人である父の家族として、誰もいない牢屋に閉じ込められていた。国家動乱罪。それがスキラス家に渡された罪状の名だ。父が魔獣を利用していたというのが、その罪に当てはまるらしかったが、詳細は語られなかった。


「はあ……」


 何度吐いたか分からない溜息も吐き飽きてきたところで、牢屋の外から階段を下りる音が響いて聞こえる。

 これまで決まった顔ぶれの人ばかりが食事を提供してくれるだけで、その時間もきっちりと決まっていた。

 だから、定刻通りではない来訪者に、思わず檻の外へと視線を向ける。


「……随分とやつれたね、ミスティージャ」

「イデルガさん……」


 そこにいた端正な顔立ちの勇者を目にするものの、しかし喜ぶほどの元気もない。

 彼はその瞳に憐憫の色を乗せて、ミスティージャの瞳を覗き込む。


「すまない。あの場で僕だけが、許された形になってしまったね」

「イデルガさんは、悪くねえよ」


 悪いと言えば、父が悪い。もっと言えば運も悪かった。

 あの時、騎士団が来ていなければ、穏便に解決できる話もあっただろう。

 俯いて、冷たい床を見る。

 後悔しても、何も変わらない。それに、あの時自分にできることなど何もなかった。

 見るべきは、未来なのだろう。


「今日ここへ来たのは、一つ報告しなければならないことがあったからなんだ」

「……報告?」


 オウム返しのそれにイデルガは頷いて、変わらない口調でそのまま告げる。


「いなくなった王の代理を、僕が務めることになった。何せハイベルニヤ国王とその家族は全員檻の中だ。誰かが、その責を背負わなければいけないけど、突如降ってわいた席に、喜んで座る者もいない」

「……そう、か」


 彼の言葉が耳を抜けていく。

 最早その声を嚙み砕くこともできなくなっていた。精神的疲弊と相まって、ミスティージャがその事実を受け止めるには、あまりにも重すぎた。


「ただ、あくまでも僕は代理だ。その内、本格的に次の王を決める選挙も執り行われるはずだよ。それまでに、キミたち家族を檻の中から出せるよう、力を尽くそう」

「……イデルガさんは、優しいな」

「この世の全てには役割が定められている、というのが僕の考え方でね。キミはまだ、ここで終わるべき人間じゃないよ」

「そう、だよな」


 自分がこんなところで死ぬ様は想像できない。

 この国の未来を背負って立つ人間として育てられたミスティージャにとって、どうにも忌避すべき心情はあった。


 それは、諦観や断念といった負の感情。現状と照らし合わせると、それらに支配されそうになるものの、しかし矜持と明確な目標が彼の精神を保たせる。

 父ともう一度、きちんと話がしたい。

 そういった想いがあるからこそ、まだミスティージャの瞳は死なずに済んでいた。


「必ず、キミをここから出そう」

「……ありがとうな。悪いけど、イデルガさんだけが頼りなんだ」

「礼はいらないよ。これも正義の規範たる勇者としての務めだからね」


 そう言って、イデルガは名残惜しそうに踵を返して出ていった。

 再び、自分以外誰もいない空間へと戻ったものの、しかし先ほどまであった、ただ絶望が横たわっているだけのものではなくなっていた。

 勇者イデルガが頑張ってくれているのだ。

 自分も何かできることをしよう。

 ミスティージャの体は自然と未来へと向いていた。


 それから五年の月日が流れる。

 彼の罪が晴れたことで、檻から出されることは終ぞなかった。

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