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ミスティージャ=スキラス②

 勇者イデルガが国家サンロキアに滞在して、数日が経っていた。

 初めはミスティージャの誕生祭のためだけに呼ばれた来賓者だと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 彼は夜になるとふらりといなくなり、朝になるとまた何事もなかったかのようにミスティージャと顔を合わせる。


 最初こそ勇者と話すことができて気分が舞い上がっていたミスティージャだったものの、こうも毎日顔を合わせていると、幾らかそのありがたみも薄れていく。

 だから、つい彼に尋ねてしまう。

 いったい何の目的で、この国に滞在しているのか、と。


「僕が勇者であることは、キミももう知っていると思うけど、実は今回この国を訪れたのは、その勇者としての仕事をしに来たんだ」


 既にイデルガとは敬語でやり取りするような、堅苦しい関係ではなくなっていた。彼は変わらず柔和な笑みを浮かべながら、ミスティージャの質問に答える。

 しかしそれは逆に適切な答えとは程遠く、より一層彼が何をしにここへと来たのかが気になってしまう。


「仕事って、例えば魔獣の討伐とかか? わざわざイデルガさんが出るようなことでもないと思うけど」

「キミの言っている通り、仕事は魔獣の討伐だけど、何分人の手が足りない。近年、この辺り一帯で魔獣の動きが活発になっていることは知っているだろう? どれほど狩っても倒しても、奴らは無限に湧いてくる。そこで僕に白羽の矢が立ったというわけさ」

「確かに、父様も近隣で暴れる魔獣たちには頭を悩ませてるって言ってたっけ。でもイデルガさんが来てくれたならすぐ解決しそうだな」

「そう上手くいくと良いけどね。まあ、期待には応えるよ」


 彼は眉尻を下げて困ったように笑う。

 イデルガとのやり取りは楽しい。最初こそ物珍しさや伝説の勇者の話が聞けるという部分で、半ば興奮して話を聞いていたが、今では落ち着いて会話することができていた。


 そんな日々を過ごす中で。

 確かに楽しい毎日を送っているはずなのに。

 しかしミスティージャの心の中には、わずかな違和感が燻っていた。

 その正体が何なのか。どれだけ突き止めようとしても煙を掴むようにすり抜けていってしまう。


「……こんな時は体を動かすに限るな」


 そう思い、イデルガと別れた彼は騎士団の人たちから剣術の稽古を指南してもらう。

 嫌な出来事がある度に、こうして剣を振るう。腕はまだまだ未熟ではあるが、噴き出す汗と共に気持ちがリフレッシュできるので、よくこうして剣の稽古をしてもらっていた。


「ミスティ王子。今日も精が出ていますね」

「師匠。今日は来てくれたんだな」

「師匠ではなく、ちゃんとトゥワルフと呼んでください。ただの一介の騎士団長ですよ、私は」

「だって俺の剣の師匠なんだから、師匠って呼ぶのはおかしくないだろ?」

「まあ呼び方はどうだっていいんですけどね。ただもう少し、王子としての自覚を持っていただいた方がいいと思いますよ」


 トゥワルフ、とそう呼ばれた茶色い髪の男性は最早諦めたように溜息を吐いた。

 彼はこの国家サンロキア、もといそこにある大都市ディアフルンを守護する騎士団の長を務める人間だ。そんな彼がミスティージャの稽古に付き合うことは、珍しくない。


 元々が父からの紹介で、軟弱な息子の体力を伸ばそうとしたことがきっかけだ。

 そこから今まで、剣の稽古ではお世話になっている。


「最近、顔を出さなかったよな。忙しかったのか?」


 稽古がひと段落したので、休憩がてらトゥワルフにそんな話題を振る。

 単なる世間話のつもりだったのだが、彼はその表情を曇らせてしまった。


「どうしたんだ?」

「そうですね……。本当はこんなことをミスティ王子にお伝えすることは憚られるのですが――」

「言い辛いことなら、言わなくてもいいぞ」

「……いえ。やはり王子にこそ話した方がいいのでしょう。申し訳ありません、前置きが長くなってしまいました」


 いつも強気な彼の瞳が珍しく揺らいでいるように見えた。

 これから何を言われるのか、想像もつかない。楽観的にもなれず、自然と体が硬くなってしまう。

 トゥワルフが一息吐いて、そうして誰にも聞こえないように小声で話し始める。


「王子は、昨今の魔獣騒動についてご存じですか?」

「え、ああ。もちろん知ってるよ。ここディアフルンだけじゃなくて、サンロキア全体で被害の報告が相次いでる。そのために、勇者イデルガさんも呼んだって聞いたけど」


 現在、国家サンロキアでは魔獣の被害報告が多く上がっている。それは時が経てば経つほどに多くなっており、自国の騎士団だけでは最早対処が追いついていない状況らしい。

 魔王が討伐される前までは、魔獣の被害報告など聞いたこともなかったのだが、何か生態系が変わってしまったのかもしれない、というのが国の研究員の見解だった。


「王子のお話の通りです。今まで魔獣の発生原因や、何故人を襲うのか、そういったものが何も分かっていなかったのですが、先日情報が入りまして」

「情報? 何か分かったのか?」

「はい。発生原因のみですが、魔獣がどこから来ているのかが分かりました」

「……どこなんだ?」


 それを聞いてしまうと、もう後には戻れない気がした。自分の周囲を取り巻く環境に関係があるはずもない。

 それだけで何も変わらない可能性の方が高いはずなのに。

 ミスティージャの胸には、先ほどのような嫌悪感がまた存在を主張し始めていた。


 そんな不安な感情を、きっとトゥワルフも見抜いていたのか。

 あるいは表情に出てしまっていたのかもしれない。言い辛そうに目を伏せながら、彼は重い口を静かに開く。


「この都市の地下。そこで魔獣が生まれていると、そういった報告がありました」

「なっ――!? 地下!?」


 予想だにしていなかった言葉に、思わずオウム返しをしてしまい、すかさずトゥワルフが口元に指を当てる。

 大都市ディアフルンで魔獣が生まれていたことにも驚いたが、何よりこの都市に地下があることも知らなかった。


「……どういうことなんだ?」

「私も詳しいというわけではないのですが、何やらこの城のどこかに地下へと通ずる道があるらしく、目下そちらを調査しているところです」

「そっか……」


 嫌な予感が成長を始める。まさか身近な場所で、災厄の種が振り撒かれているとは思いもしなかった。

 何も言えないでいると、トゥワルフはらしくない芝居笑いをこちらに向けて言った。


「ミスティ王子は何も心配なさらなくても大丈夫ですよ。この件は我々騎士団が解決しますから」

「……」


 本当は、力になりたい。

 この国の根幹に関わることだ。知らないフリなどできるはずもない。

 だけど、彼らの邪魔もしたくはない。アンバランスな感情のせめぎ合いに、結局ミスティージャはそれ以上何も言えず。

 その後、いつもの日常が戻ってきたかのように、剣の稽古を終えるのだった。



 その日にトゥワルフから魔獣騒動の話を聞いて、数日が経っていた。

 あれから自分なりに色々と調べてみたが、この国の歴史書を漁ってみても地下があるなどという記述は見られない。


 それらしい話を母や父にもしてみたが、母からは特に何も返ってこない。

 父からは、少しの間があった後に、首を振られてその存在を知らないことを示された。


 結局何も進展がない。

 このまま騎士団に任せていればいいのだろうか、と。

 半ば諦めようとしていた、ある日の夜。

 自室に響くノックの音が、来客を報せた。


「ミスティージャ。いるかい?」

「イデルガさん!?」


 慌ただしく扉を開けると、そこにはいつも通り変わらない笑みを浮かべる勇者の姿があった。

 彼を部屋へと招き入れ、それまで自分が座っていた椅子を勧める。


「どうしたんだ? こんな夜中に」


 ベッドに腰掛けながら、ここを訪れた理由を尋ねる。

 いつも夜中になると彼はいなくなる。別にその件について掘り下げたいわけではなかったが、ともかく陽が沈んで彼の方から姿を見せてきたことがなかったので、聞かずにはいられなかった。

 そのことをイデルガもまた気にしていないように、いつも通りの調子で応じる。


「最近、何やら思い詰めていたようだったからね。少し話したいと思ったんだ。……何か、あったのかい?」


 言葉の最後は心配そうなものへと変わり、彼が自分の身を案じてくれているのだと、理解できた。

 さすがに勇者の目は誤魔化せない。元々、秘密裏に行動していることだったので話すかどうか迷ったものの、信頼しているイデルガには話しておこうと、ミスティージャはそう決断する。


「実はこの国を脅かす魔獣の発生源が、この都市の地下にあるらしいって聞いてさ。信じたくなくて、自分でも色々調査してたんだ」

「……それで、何も手がかりが掴めなくて、考え込んでしまっていたわけか」


 彼からすれば、何もかもお見通しなのかもしれない。ミスティージャの心境まで読み取ったイデルガは、思案するように指を顎に添える。


「えっと……、イデルガさん?」

「……本当は、王子の身分であるキミを危険な目に遭わせるべきではないんだろうけど。それでも僕は、キミの力になろうと思う」


 再び交わった視線は、力強さに満ちていて、いつものような爽やかで柔らかいものではなくなっていた。

 並ならぬ気迫に圧されてしまい、思わず生唾を飲み込む。


「……教えてくれ、イデルガさん。この国で、何が起きてるんだ?」


 誰も彼もが優しく接してくれる。それはミスティージャという人物が王の息子であるからに他ならない。

 しかし、そんなことは関係ない。

 この国を愛する者の一人として、王の息子として。

 何かしたいという気持ちが、早まり昂る。


 イデルガは僅かな時間、ミスティージャを見つめていたが、やがて決心したかのように話し始める。

 それは、最も知りたかった情報であり、そして同時に判断を鈍らせる提案でもあった。


「何が起きているかは、僕にも知りえない。ただ地下への入口は、もう見つけたよ。でもどんな危険があるかは分からない。入念に準備をして、三日後に入ろうと思う。キミも一緒に来るかい?」

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