ミスティージャ=スキラス
自分たちは幸せな家族であると、そう自負している。
父は厳格ながら教養に富み、物事について教えてくれるし、母はいつも暖かく優しい。二つ年下の妹は天真爛漫が似合う女性で、明るく元気なことが取り柄でもあった。
そのことを誰かと比較して幸せだと自覚したわけではない。
だが日々が楽しかった。それだけで幸福だと言えたのだ。
それにきっと、父が国家サンロキアを支える王であることは関係なく、どの立場で生まれてどこで過ごしていたとしても変わらない。
国民たちも、皆良い人ばかりだ。貧富の差が目立つ部分もあるが、そこは父が今貧困層を救おうと色々考えているようだった。
家族に愛され、周囲の人物にも恵まれて、日々を過ごす。
ずっとこんな幸せが続く。
そう、思っていた。
「はい。今日はミスティの好きなミートパイをたくさん焼いたから、遠慮せず食べてね」
「そうよ! 兄さまは今日めでたく十五歳になったんだから、思いっきり楽しんでね!」
母はいつも通りに優しく、妹は特に張り切っている様子だった。
その日はこのスキラス家で四度ある特別なイベント、誕生祭が開かれていた。
主役は長男であるミスティージャ=スキラス。
彼は母譲りの所々に癖のある短い金髪に、父譲りの碧眼を瞬かせて、その日を盛大に味わっていた。
誕生祭、と言っても別段盛大にそのことを祝うイベントではない。
あくまでも家族と一部の人間のみを招待して、身内で祝うだけのものだ。
何も国民全員に祝ってほしいわけではない。
本当に、家族さえいれば良かった。
ただその日、父は王としての公務が忙しく顔を出せないようだった。
年に一度の祝いの場。
父にも直接祝ってもらいたかったが、わがままを言っても仕方がない。それに、使用人の一人が父からプレゼントを預かっていたようだったので、文句も出ない。
「――これは、剣?」
「はい。貴方のお父様から、スキラス家代々に伝わる家宝の剣だと伺っております。立派に成長なされたこと、大層お喜びでしたよ」
「父様……!」
感極まって思わず鼻声になってしまう。これ以上ない温もりが、胸に広がっていくのを感じながら、ミスティージャはその剣を大切に手に取った。
「良かったわね、ミスティ」
「兄さま、本当におめでとう!」
改めて、祝福の拍手が巻き起こる。まるで全世界が今日という日を祝ってくれているような錯覚に陥ってしまうほど、ミスティージャのテンションは上がっていた。
「それから、父がこの日のために特別なお方をお招きしております」
「特別な方?」
彼の疑問に答えるように、部屋の扉が開かれる。
現れたその男の姿を、ミスティージャは知っていた。
というよりも何度か目にしたことがあった。国の主賓として招待されたこともあり、独自の講演のようなものも開いているのを目撃したことがあった。
「貴方は……」
淡い桃色の髪。その長髪を金色の髪留めでまとめて肩に乗せていて、ともすれば女性とも見間違えてしまいそうな優美で、気品すら感じさせる。若く整った顔立ちのその人物は、微笑を湛えて丁寧に頭を下げた。
「こうしてお会いするのは初めましてですね。僕の名前はイデルガ。十軍隊勇者の『影の勇者』、と言えば分かるでしょうか」
知らないはずもない。
魔王を討伐した勇者の一人。その活躍譚はミスティージャも大好きでよく耳にしていた。
いつも彼をこの国で見かける時は遠目でしか見ることはなかった。それは王子として、特定の人物に肩入れしすぎることがないように、父から強く言われているから。
しかし、その父がこうして歓談の場を用意してくれた。きっとその辺りの線引きができると判断してくれたのだろう。
思いがけない邂逅に、頭の中が真っ白になってしまうものの、眼前に佇む彼はニコリと笑って手を差し出した。
「どうぞよろしく」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
差し出されたイデルガのその手を、ミスティージャは慌てて握り返すのだった。
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今回から幕間③開幕となり、第2章がそろそろ始まります!
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