ハム=バージャー②
彼が再び目を覚ました時、そこは見知らぬ天井だった。
自分がベッドに寝かされていると理解するのに半刻以上掛かり、しかしそれと同時に何故気を失ったかも思い出す。
「そうだ! 俺はドラゴンを見て――」
「あ、目が覚めて良かったです!」
傍らの椅子に座る後輩の一人、マオが安堵の声を上げた。鎧を外して身軽な恰好となっており、まだ幼さが目立つその容姿を露わにしている。
「……看病してくれてたのか。ありがとうな」
「いえいえ。これぐらいお安い御用ですよ!」
「それで、ここは……?」
辺りを見回すと、自分が随分と小さな部屋で寝ていたことが分かる。それはハムが普段広い部屋で過ごしている故の感覚の麻痺だったのだが、彼からしてみれば古臭くこじんまりとした個室だった。
「寺院の部屋を一つお借りしています。いま、ジールが色々とこの場所の管理者に説明をしてるところで――」
彼のその言葉が終わらない内に、ノックと共に扉が開いた。
現れたのは修道服を着た老婆に、紅蓮の髪を持つ少女。それと後輩の騎士、ジールだ。
修道服の老婆は確かこの建物の管理者のような振る舞いをしていたと、記憶している。そんな彼女が開口一番、呆れたように言葉を漏らした。
「ようやく目が覚めたようだね」
「……話は聞いたんだってな」
この寺院の管理者は魔獣の子どもたちを保護している。言わば魔獣とは敵対していない存在だ。
そんなアウェーな場所に、魔獣討伐をしに来た自分たちが受け入れられるはずもない。
というか、生きて返してくれるかどうかも怪しいのではないか。
俄かに緊張しながら、それがバレないようにあくまでも平静を装うハムに、老婆が鼻を鳴らす。
「ふん、聞いたさ。リュオンを討伐しに来たんだろう。というか、魔獣そのものを悪だと認識してるんだって? まったく、面倒な奴らがやってきたもんだね」
そう言ってジトリと睨むその先は隣の紅蓮の髪の少女へと向けられる。
「お前、気付いてたんじゃないのかい?」
「うむ。気付いておったが、あえてここに来てもらった。その方が、何かと都合が良さそうだったからな」
「そっちの都合なんて知らないけどね……。処理に追われるこっちの身にもなってほしいもんさね」
「そう文句を言うな。あのまま此奴らを放置しておったら、別の村にも被害が出ておったかもしれぬからな」
堂々とそう言い切った少女に、ジールは申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、バージャーさん。全部話してしまいました……」
「いい。謝るなよ。俺のメンタルが弱いのが悪いからな」
ジールは何も悪くない。寧ろここに来て、まだ意地を張って黙秘する方が心証が悪くなってしまうだろう。彼の判断は問題ないと言えた。
だからこそ、ここでの自身の対応が肝心だろう。
「……その話を聞いて、俺たちをどうするつもりだ?」
わざわざ敵対勢力である自分たちに優しくする理由などない。人質として扱われるか、最悪殺される。
当然死ぬつもりなどない。どうにかしてこの場を切り抜けられそうな案を思考するハムだったが、返ってきた答えは予想していたものとは異なっていた。
「ハム=バージャーと言うらしいな。余はシリウスという。お主の問いに答えてやると、結論どうもしない。強いて言うならば、ここにいてもらうつもりではあるが」
「なに……?」
聞き間違いかと思ったものの、視線だけでその続きを促す。
「言葉の通りだ。何も余たちはお主たちを痛めつけようとも利用しようとも思っておらぬ。ただ少し、ここのことを黙っておいてほしい」
「俺たちがあんたらの言う通りにするとでも?」
まだはっきりと確信できたわけではないが、このシリウスという少女は自分たちに害を加えるつもりはないようだった。
ならば、少々はったりをかましても損はしないはずだ。
そう思っての発言だったが、対して少女は感情の読み取れない表情のまま、残念そうな調子で言葉を落とす。
「そうなったら余はお主たちを殺すしかなくなるな」
「オーケー黙っとく。ここのことは他言しねえ」
前言撤回。
一瞬、その少女から漏れ出た気配。慈愛のような柔らかいものだと、錯覚できるがその本質は違う。
僅かに見えた殺気。
ほんの一瞬、しかも自分にしか向けられていない純度百パーセントのそれは、ハムの意志を変えさせるには十分すぎた。
「分かってくれたようで何よりだ。すまぬがミネラヴァ。しばらくの間、此奴らもここにおいてやってくれ」
「そりゃあ構わないけどさ」
「……二人も、それで構わぬか?」
シリウスが尋ねる先は、ハムの後輩二人。彼らは多少の戸惑いを見せるものの、しかし語る言葉は決まっているようだった。
「バージャーさんがここにいるなら、自分たちもここにいます!」
「自分もマオと同意見です。これもきっと、バージャーさんにも何か考えのあってのことでしょうし」
相変わらず慕ってくれているようだが、残念ながら何も考えはない。
ハムからすればそんな眩しい彼らの言葉を聞いて、シリウスは満足そうに頷いた。
「良かった。そう言ってくれると信じておった」
「そうかよ」
ぶっきらぼうにそう言って、諦めたように見せるが本心はまだここから抜け出すチャンスを探っていた。
そもそもがライカンスロープの討伐依頼として、ハムたちはこの国に来ている。どれほどの間ここにいなければならないのかは不明だが、さすがにひと月も消息がなければ探しにやってくるだろう。
それまでどうにかのらりくらりと過ごしていればいい。
そう思っていたが――
「ああ、そうだ。お主たちの所属する騎士団には、余から手紙を出しておく。無事ライカンスロープの討伐に成功したので、しばらく暇を貰うとな」
「はあ!? そんなのすぐバレるに決まってるだろ!? 第一俺たちがどこの騎士団かも名乗って――」
と、そこまで言ってジールが明らかに眉を下げたのを見た。
色々と説明をしてくれたと言っていたので、恐らく自分たちの属する騎士団のことも喋ったのだろう。
ハム勢いよく首を横に振って、思考を切り替える。
「手紙の偽装なんざ、通るとは思えねえけどな」
「余が認めた手紙だ。それに、手紙とは別にライカンスロープの頭部も送る。もちろん偽物だが、誤魔化せるだろう」
彼女の言葉に誇張や偽りはなさそうだった。まあ噓を吐いていたところで、ハムにはそれを見抜く術を持っていなかったのだが。
つまり、ハムとしてはそれを鵜吞みにして、受け入れるしか道はなさそうだった。
「……分かったよ。しばらく、ここで大人しくすればいいんだろ」
「理解が早くて助かる。これで、お主の首元のそれを使わなくて済みそうだ」
「え?」
言われて首元に手を添える。そこには硬い、首輪のような何かが着けられていた。
「な、なんだよこれ……!」
「それは時が来れば発動するように、余が残したお守りだ。ちなみに条件が達成されるまでは取れることはないぞ」
さらっととんでもないことを言う少女に唖然としていると、ミネラヴァが毅然と、それでいて疲れたように口を開く。
「これで分かったかい? 不本意かもしれないけどね、しばらくはここで働いてもらうよ」
こうして、ハム=バージャーとその後輩二人は、星待ちの寺院にて労働を勤しむことになったのだった。
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今回で第1.5章完結となります!
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