星待ちの寺院④
「復讐をするなとは言わないけどさ、もう少し賢い生き方ってもんがありそうなもんだけどね」
「そうだな。余は少し、不器用なのかもしれぬ」
「不器用なんてもんじゃないね、まったく……。それで、あのウェゼンの孫も道連れかい?」
シャーミアがこの旅を共にしている理由。それを語ることは簡単で、嘯くこともできる。でも、それをシリウス自身の口から話すことは、憚られた。
「彼女には余と同じ道は歩ませぬ。全ての業は余が背負おう」
「……威勢がいいのは良いことさね。なら勇者を殺した後、どうするつもりだい?」
「余は余の罪を清算するつもりだ」
「罪? 清算?」
「……勇者を殺した罪だ。それが叶った暁には魔獣と人間が手を取れる、この寺院のような世界を目指す。その礎となろう」
自らの命を捧げた程度では望んだ世界は訪れない。
そんなことは分かりきっているからこそ、いまシリウスは自分にできる範囲のことをしている。
未来のことは、誰にも分からない。
「大義は立派だよ。だけど、甘っちょろいったらないね!」
「ああ、余も甘いと思う。それでも――」
父が討たれ、師は殺した。シリウスたった一人が生き延びて、世界に宿った。
取るに足らない、命一つ。
しかしそこに託されたものは、数多い。
「この世に残されたからには、少しでも世界に抗いたいではないか」
吐き出されたその言葉は穏やかで、儚い。
まるで足搔こうという意志すら見せないシリウスの雰囲気は、ミネラヴァにそれ以上言葉を語らせない。
夜明けのように静謐な空気が下りる中、それは青年の突然の入室により破壊された。
「シリウス様! 僕、感動しました! やっぱり貴女はこの世界の救世主です」
扉を開けた主、ルアトは興奮した様子でそう語ったかと思えば、片膝を立ててしゃがむ。
「どうか、この僕を貴女の旅に連れて行ってはくれませんか?」
「盗み聞きとは悪趣味ではないか。……それで、余の旅に同行したいという提案に対してだが――」
そう敬服の姿勢を見せる彼からは、混じり気のない純粋な熱意を感じ取れる。
伊達や酔狂で言っているわけではなさそうだった。
だからこそ、シリウスも噓偽りなくそれに応じる。
「断る。これは、余の個人的な目的を果たす旅にすぎぬ。そこに、お主を巻き込むつもりはない」
復讐の旅路に、無関係の人間を巻き込むわけにはいかない。そう思っての発言だったが――
「あの、銀髪の方。シャーミアさんは何故、同行を許されているんですか?」
「それが余の意志だからだ。できれば、余とは無関係であってほしいが、そういうわけにもいかぬ」
彼女の本心を知らないが、シリウスとしてはウェゼンの孫であるシャーミアには平穏無事で暮らしてほしいと願っている。
ここまで旅に連れてきてしまった時点で、今更引き返すこともできないだろう。
だがルアトはそうではない。
シリウスとの関わりは薄く、勇者殺しの仲間だという謂れを擦り付けられることもない。
争いの種火は、少ないに越したことはないのだから。
「……貴女が、僕の身を案じて言ってくれているのは分かってます。でも、言葉だけで引き下がれるほど、僕の決意は軽くありません。シリウス様に助けられたあの日から、ずっと後悔してました。何故、僕はあの人についていかなかったのか、と」
「あの時、村で連れていけと言われても、今と結果は同じだが……」
「ですから待ってたんです。この時を……!」
ルアトが声に熱を込めて喋る。若干話が聞こえていないかもしれない。そこまで焦がれてくれることはありがたいのだが、シリウスとしても引き下がる理由はない。
というか、敬意を抱いている相手から拒絶されたのだから、大人しく従う方が無難なのではないかと思わなくもないシリウスだったが、しかし彼が上げた顔に宿る、まっすぐな瞳を見てその認識を改める。
理屈ではないのだ。
敬愛する人物から否定されても、それでも諦めない理由がある。
そんな感情剥き出しの視線を向けられて、シリウスは一考して、やがて口を開く。
「……分かった。ならばお主の旅の目的を告げよ。それで、余が判断する」
「それは、貴女の忠実な僕として……」
「それがお主のしたいことか?」
問いかける。
一度は失言にも目を瞑ろう。
ただ、自分本位ではない目的ならば、きっと途中で挫折する。どれだけ愛が深かろうと、それでは信念を曲げないモノには敵わない。
シリウスは、彼にそんな目には遭ってほしくはなかった。
僅かな狼狽を見せるルアト。
だがすぐに、その目つきを切り替える。
どこまでも真剣で、どこまでも先を見据えたものへ。
「僕は、生まれ育った村を取り戻したい。人間の手によって失われましたが、それでもあの村が僕の故郷で、生まれ育った場所です。そんな村が――、魔獣と人間が安心して暮らせるような場所を、作ります」
それは、子どものように無垢な言葉であり。
大人が諦める夢の続き。
自分自身を見ているような錯覚に陥るものの、しかし同時に安心した。
「――良いだろう。ルアト、お主の余の旅への同行を認める」
彼のその表情が呆気に取られた間抜けな一面を見せた後、すぐにそれは歓喜を表すものへと移ろう。
自分がいなくとも、いずれ世界は生まれ変わるのだ、と。
その歓声を耳にしながら、シリウスは一人、そう想う。




