星待ちの寺院③
「まったく! 余のことをナメおって! シャーミアもそう思うよな!?」
「はいはい。ヌイは偉い偉い」
シャーミアはヌイを宥めながら、彼女の乱れた髪の毛を櫛で梳かしている。感情豊かというよりも、幼さすら感じられるその分体の仕草に呆れるものの、あれも自分の一部だと思うと何も言えない。
子供たちの興味は既に移っていて、今は体躯が大きく加えて毛に覆われて柔らかいリュオンが人気なようだ。
彼女も嬉しそうに笑いながら子どもたちの相手をしている。
「シリウス様。ミネラヴァさんがお呼びです」
「うむ、今向かう」
そう背後から呼び掛けてくるルアトに対して、紅蓮の髪を揺らして立ち上がる。案内された扉の前まで来たものの、しかし彼は入る素振りを見せない。
「お主は入らぬのか?」
「ミネラヴァさんが何やら深刻な顔をされていたので、シリウス様お一人の方が良いかと……」
「なるほど、まあ良いか。案内、助かった」
恭しく頭を下げるルアトを横目に、シリウスは扉を開ける。
そこは簡素な部屋だった。
木目調の床に白を基調とした壁。窓際に備えられたベッドもまた純白のシーツと毛布が掛けられており、とも言えば、病室のようにも見えてしまう。
そんな部屋で、病人とはとても思えない鋭い眼光でこちらを見てくる老婆。
ミネラヴァは寝たまま、部屋に入ってきたシリウスを見るなり、口を開いた。
「何をしに来た」
「お主が呼んだから来たのだが……」
「……勇者へ復讐をしているというのは、本当かい?」
「――ウェゼンか」
勇者討伐の旅について知っているのは、ごく少数。この旅の目的について、彼は話したようだった。
だがシリウスもまた、ミネラヴァのことについてウェゼンから情報を得ている。そのことでウェゼンを責めるのは少し話が違うだろう。
それに、どちらにせよ遅かれ早かれ、勇者討伐の情報は広まる。
元よりシリウスはそれを隠すつもりもなかったのだが。
「悪く思うな。余は既に心に決めておるのだ。復讐を果たすとな。故に、勇者への復讐は続ける。……だが、案ずるな。お主は殺さぬ。余の父、魔王討伐にお主は関わっておらぬからな」
「何様だい。言っとくけど、お前ごときじゃアタシはやれないよ」
「そうだな。お主とは、できれば戦いたくない」
それは本心。だが実力がどうとか、勝てる勝てないの話ではない。
「ここに来た目的は一つ。一緒に連れてきたライカンスロ―プ、リュオンをここにおいてやってほしい」
「……なるほどね」
何かに納得したように、彼女は目を瞑った。
そうして再び開いた彼女の瞳からは、敵意のようなものが消えていた。
「実はね、お前たちがここへと来るのは、分かっていたのさ」
「ほう。だから余は先手を打たれたのだな」
「お前は元から攻撃する気もなかったみたいだけどね。……そこにあるカードが、教えてくれたのさ」
そう言い指を差す机の上には、カードが積み上げられて山札となっていた。
「ある人から教えてもらってね。それで今日、来客と旅立ちを示すカードが出た」
「その来客、というのが余のことか」
「ああ。もちろん外れる場合もあるさね。だけど、心積もりはできる。あのカードは、心を備えるきっかけをくれるのさ。まあ、その備えすらも杞憂だったけどね」
がはは、と。悩みすらないかのように笑い飛ばす。
未来予知など、生物にできる所業ではない。それもたかがカードの結果で左右されるわけもない。
それでも、期待してしまうのだろう。安心したいのかもしれない。
縋る先が多い方が、ずっと楽なのだから。
もっとも、ミネラヴァの意図としては、違うのかもしれなかったが。
「お前の目的は分かった。あの子を置くのは構わないよ。最近、ここに来る魔獣の子も増えてきてるからね。労働力はいくらあっても足りないさ。お前たちはとっとと、明日には立ち去るんだね」
「良いのか? 余たちとしては夜にでも旅立てるが」
「子どもたちの前でそんな非常識なことしないさ。どうしても泊まりたくないってんなら、話は別だけどね」
「……なら、その言葉に甘えさせてもらおう。恩に着る」
「ふん。別に、恩なんか感じなくてもいい。……用事は以上だよ。とっとと出ていきな。腰に障るさね」
仰向けで寝たまま、そんな強気な言葉を受け入れる。シリウスが踵を返し、扉を開けようと手を掛けたところで、背後から一つの問いが飛んできた。
「復讐は、どうだい?」
今まで誰にも訊かれなかった。けれどもシリウスの中で既にその答えは決まっている。
何度も自問を繰り返し、その度に決まりきった答えが出ていた。
だから振り返って、ミネラヴァの瞳を見据えて返す。
「後悔はない。このために、余は時間をかけたのだからな。だが同時に、やるものではないとも思わされる」
それが彼女の希望に沿った回答だったかは分からない。理解を得られようとも思っていない。
ただ少なくとも納得はしてくれたようで、反論らしい反論もない。そんなミネラヴァはしかめ面で、わざとらしく溜息を吐いてみせた。




