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魔王の娘  作者: 秋草
第1.5章 星の寄る辺とネフリティス
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星待ちの寺院②

 廃寺院の中は外観からは想像もできないほどに整頓されていた。

 柱や壁、屋根は補修されているのか、穴や傷といったダメージは見られず、そこが廃寺院であることを感じさせない。


 そもそも、そこは最早寺院ではなかった。

 テーブルや椅子、照明や花瓶などといった調度品が並べられていて、広いスペースを有効活用した生活感漂う施設のようだ。

 そんな廃寺院に入って初めて目に飛び込んできた人物が、シリウスを見て頓狂な声を響かせた。


「シリウス様!?」


 その人物は驚きの声と共に、手に持っていた真っ白なシーツの束を床に落としてしまっていた。

 二メートルはある長身に、端正な顔立ち。絹のように艶やかな黒い髪を、後頭部で一つにまとめて垂らしている。


 そして何より特徴的な部分として、耳の上辺りに生えた二本の翡翠色の双角。

 シリウスはその青年を知っていた。


「ルアトか。どうしてここに?」

「はい。困ったらここへ来るようにと母から教えられたことを思い出したので。シリウス様に助けていただいた後、そのままこちらへと」

「そうか。息災で何よりだ」


 ルアト、と。シリウスがそう呼ぶ青年は、竜と人とが住む村での唯一の生き残りだ。残念ながら彼以外は魔獣討伐の名目で殺されてしまったが、どうやら立ち直れた様子だった。


「はい。シリウス様も、その、お変わりない様子で……」

「うむ。まあ、積もる話もあるだろうが、今はこの元勇者をどうにかせねばならぬな」


 シリウスが視線を隣のリュオンに向ける。彼女に両手で掬うように運ばれてきた、情けないミネラヴァの姿を見てルアトは溜息を吐いた。


「またですか、ミネラヴァさん。今回は何をして腰を痛めたんですか?」

「この魔王の娘が悪い気を放っていたからね。ここを守るために、討伐しようとしたのさ」

「それで、返り討ちですか」

「まだ勝負すら始まっておらんわい! ――いっつつ……!」


 意気込んで大声を上げたミネラヴァに、ルアトは先ほどよりも深い溜息を漏らす。それから、改めてシリウスたちへと順番に視線を向けた。


「ミネラヴァさんを運んできてくれてありがとうございます。こんな彼女でもこの場所の管理者なので。代わりに僕から、お礼を言わせてください。――そして、ようこそ。星待ちの寺院へ」


 そう言ってルアトは振り返る。その視線の先には、物陰からこちらを窺ういくつもの影。輝く瞳から発せられる視線を隠そうともしないそれらに対して、彼はニコリと微笑んだ。


「この方たちは、悪い人ではありませんよ。皆さん出てきて、自己紹介してください」


 その言葉を待ち望んでいたかのように、物陰から影が飛び出してきた。


「魔獣――、の子……?」


 シャーミアが一瞬身構えたものの、背丈の小さい彼らを見てすぐにその警戒を解いた様子だった。

 こちらの様子を伺っていたのは、様々な種類の魔獣たち。

 全員が全員、体格が小さい。俗に、魔獣の幼体と呼ばれる存在だ。


 そんな彼らは、シリウスたちと付かず離れずといった距離を保ちながら、しかしぶつけられるのは好奇の眼差し。

 それに対してシリウスはいつものように名乗る。


「初めまして、童たちよ。余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。魔王の子だ。敬意を持ってシリウスと呼ぶが良い」


 そう僅かに胸を張って言うものの、魔獣の子どもたちの反応は芳しくない。


「まおうってなに?」

「ぼくたちと同じくらい小さいね」


 そんな心無い言葉が飛んでくるものの、シリウスは気にも留めない。

 思えば、魔王が討たれて十年もの月日が流れているのだ。これからはその存在を知らない世代の方が増えてくる。どちらかと言えば、その事実がシリウスの心をちくりと刺した。

 その流れで、隣に立つシャーミアとリュオンも名を名乗る。


「あたしはシャーミア。普通の人間よ」

「リュオンだ。見ての通り、あんたたちと同じ魔獣だよ」


 そこで自己紹介の流れは終わったかと思われたが、一人の声が高らかに響いた。


「余はヌイだ! お主ら、存分に余を敬うがよい!」


 突如現れた、魔獣の子にも負けない元気を振り撒くヌイの存在に、何故だか一番子どもたちが沸き立った。


「ちっちゃい! 可愛い!」

「すごい! なんで浮いてるの!?」


 物珍しいモノを見たかのように、きゃいきゃいと騒ぐ子どもたち。それにヌイは悪い気もせず、というか明らかに調子に乗り始めて彼らの視線を独占していた。

 新しいおもちゃとして認識されているようにしか思えないが、ともあれ悪い目立ち方ではないので、ヌイのことを放っておくことにした。


「さすがシリウス様。一瞬で子どもたちを虜にしましたね」

「いや。あれは余の功績ではない気がするが……」

「そんなことありません。シリウス様の気質故の、賜物です」


 笑顔でそう言ったルアトはその姿勢を正し、胸に手を当てて丁寧に腰を折る。


「改めまして、ルアトといいます。この身をシリウス様に救っていただいた、竜と人のハーフです」


 物腰柔らかな口調ながら、しかし言葉の中でシリウス、とそう言った部分だけはどこか強調していたような気がする。

 そうして、自己紹介もそこそこにルアトはリュオン、もといその手に収まるミネラヴァへと目を向ける。


「リュオンさん。ミネラヴァさんを奥の寝室に連れていってくれませんか」

「ああ、分かったよ。その寝室はどこにあるんだ?」

「こちらです」


 ルアトとリュオン、それからミネラヴァは看病のためその場を立ち去る。残されたのは未だに子どもたちを盛り上げているヌイと、それからシリウスとシャーミア。


「……こんな場所、あったのね」


 シャーミアが、手近な椅子に腰を掛けて、魔獣の子たちを眺めながらそう口にした。


「元々、ウェゼンから聞いておった。傷ついた魔獣を癒す、元勇者が管理する廃寺院があると。……余も目にするのは初めてだがな」

「元勇者……、あの人がそうなの?」


 あの人、と。少し当惑したような顔をするシャーミアが、言葉でそう示すのは腰を痛めて突っ伏す老婆の姿だろう。

 彼女がそんな態度を取るのも納得の不甲斐なさではあったものの、しかしシリウスは侮らない。

 歳を重ねても、勇者は勇者。その実力は折り紙付きだ。


「そうだ。彼女は元『星の勇者』、ミネラヴァ=バルザ。ウェゼンとは旧知の仲だったそうだ」

「元ってことは、今は勇者じゃないってことよね?」

「うむ。ミネラヴァは、魔王討伐には参加しておらぬ。現『星の勇者』は彼女の孫が継いだと聞いておる」

「そうなのね。じゃあ、あの人に対しては復讐とかないってこと?」

「そうだな。勇者ではあったが、魔王討伐には不参加。さらに今ではこうして魔獣の子のために活動しておるのだから、余が力を振るう理由もないだろう」

「……それもそうね」


 小さいながらも、シリウスが望む世界がそこにはあった。

 人間が手を差し伸べて、魔獣が迫害されない光景。

 ここまでの理想は難しいだろうが、しかしこの星待ちの寺院という前例を見られたことで、無謀ではないことを知れた。


「こら! 髪を引っ張るな! 頬を抓むな! 余を誰だと思っておる!」


 少しずつ飽きてきた子どもたちが、ついにヌイを弄び始めていた。

 シリウスはその景色を、ただいつまでも眺める。

 シャーミアが呆れて、彼女を助けに行くその時まで。

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