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魔王の娘  作者: 秋草
第1.5章 星の寄る辺とネフリティス
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ナイガル村とライカンスロープ③

「なるほど。つまりお主は食べるものに困った結果、人里近くに生息する小型の動物たちを狩っておったというわけだな」


 月がその天辺を目指して昇る頃、シリウスの声が夜の静寂に染み渡る。

 月明りを浴びる彼女の紅蓮の髪は美しく輝いていて、悠然と佇むその姿はさながら高貴な姫と見紛うほどに、端麗で上品に映っていた。


「お主の事情はよく分かった。安心するがよい。余は何もお主を討伐しに来たわけではない。余が、お主の生きやすい世界へと導いてやろう。……ところで――」


 まるで壇上で踊るかのように、優雅な振る舞いを見せていた彼女の視線は、広場の隅へと延びていく。


「何故、お主たちはそんなに余から距離を取っておるのだ?」


 相対していた相手とは和解でき、友好的な関係へと昇華したと思っていたのだが、彼女との間には見た目の距離以上に高い壁がそり立っているように感じる。

 シリウスがその小さな頭を傾げていると、視線の先にいたシャーミアが溜息と共に応えてくれた。


「……アンタ、自分が何したか自覚ないわけ?」

「無論、覚えておる。興奮していた其奴を言葉で落ち着かせて、優しく頭を撫でてやった」

「それ表面上での話よね? 実際はアンタ、圧で黙らせたわよね?」

「圧だなどと、失礼な話だ。余はただ魔獣語で落ち着かせただけだ」

「ただの言葉だけで体の自由が奪えるはずないでしょ!? 見てみなさいよ。この魔獣、可哀想なぐらいに震えてるじゃない」


 オオカミの魔獣、ライカンスロープはシャーミアの背後で怯えた子犬のようにその身を震わせていた。彼女の背後に隠れたところで、丸見えで何の意味もないはずなのだが、何故だかその姿はシャーミアよりも小さく感じてしまう。

 そんな、最早体の大きい小型犬となってしまった魔獣は、シャーミアへと身を寄せながら声を震わせる。


「あ、あんたはいったい……」

「ああ。自己紹介はまだだったか。余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。魔王の子、唯一の生き残りだ」

「魔王様の――!?」


 シリウスがそう言った瞬間、それまで縮こまっていた魔獣の態度が急変する。その佇まいを正し、片膝を折って頭を下げた。


「数々の無礼をお許しください! どうか、命だけは――」


 相も変わらずその体の震えは止んでいない。しかしそこに宿るのは先ほどまであった正体不明ものに対する怯えではなく、格式の高い存在に対する畏怖に代わっていた。

 それが分かったからこそ、シリウスはできるだけ威圧せずに語り掛ける。


「そう畏まるな。敬語もいらぬ。それに命など取るはずもない。言っただろう、お主が生きやすいように導くと。良ければ、お主の名を聞かせてはくれぬか」

「……アタイの名前はリュオン。親父から受け継いだ名……、だよ」


 敬語を使うか迷ったのだろうか。些か歯切れ悪くそう言ったリュオンに、頷いて返す。


「リュオン、良い名だ。さぞお主の父君も偉大な方だったのだろう」

「そんなこと、ないさ。偉大なら、多分もっと長生きできてた」

「……もう、おらぬのか?」

「ああ。……両親は五年前、人間に殺されたよ」


 魔獣は昔から、討伐の対象にされることが多かった。それは、忌避からくるものであったり、魔獣から取れる希少な素材目当てだったりと、理由は様々だ。

 それが当たり前になっている。それを受け入れてしまっている。

 そんな世界の中で、彼女たち魔獣は生きている。


「嫌なことを思い出させたな。余の配慮が足りなかった」

「貴女が気にすることなんて、何一つないよ。アタイの親父が弱かった、それだけの話なんだ」


 そう口にした彼女の瞳は澄みきっていた。

 この世界を受け入れた結果、弱い方が悪いと割り切っているのかもしれない。そんな考え方をシリウスは否定したかったが、しかし今はそれを言葉にできるだけの根拠も説得力もない。

 掛ける言葉を見失ったシリウスに合わせて、辺りに静寂が満ちる。夜の風が頬を撫で、周囲の木々をざわめかせた。


「ねえ、リュオン。アンタどうしてあたしたちを襲ったの?」


 シャーミアが、膝を折って屈んでいても大きいリュオンを見上げて、そう尋ねた。


「……それは、あんたたちが村から派遣された警備隊だと思ったからだ。ここ最近、何度かアタイを殺すために森をうろついててね。まあ、その度にお帰り願ったけど」

「あの村の人、あたしたちで六回目って言ってたわ。それだけ来てたら、まあいきなり攻撃してきたのも納得ね」

「……その、悪かったね」

「アンタは悪くないわよ。寧ろ、受けきれなかったあたしが悪いんだから」


 そう言って困ったように笑ったシャーミアに、リュオンは頭を搔いた。彼女はすっかり警戒心も解いていて、魔獣との距離も近い。

 様々な感情が巡ったのだろう。リュオンは狼狽しながら、言葉を漏らした。


「魔王様のご息女にしてもそうだが、それに同行してるあんたも何なんだ? あんたも、魔王様の関係者なのか?」

「あ、そういえば名乗ってなかったわね。あたしはシャーミア。ただの人間で、アイツ――、シリウスに復讐するために一緒に旅をしてるの」

「え、あの方を……!?」


 リュオンの視線が驚愕と共にシリウスへと向けられて、それにシリウスも首を振って応じる。


「と言ってもまだまだ及ばぬがな」

「何言ってんの。もうちょっとしたらアンタの首、刎ねてやるんだから。待ってなさい」


 躊躇うことなくそう宣言するシャーミアに、それをものともしないシリウス。その二人のやりとりを見て、リュオンは力んでいた体勢を崩した。

 いや、自然的に崩れたと言ってもいいだろう。

 疲弊したような吐息が漏れて、彼女は天を仰ぐ。


「……参ったね。アタイは随分、小さい世界で一人、戦ってたみたいだ」


 自虐気味に、しかしまるで遠くの対岸を眺めて言うかのように、ポツリと零れた声。

 人間に両親を殺されて。

 それから親と同じ道を歩まないために、強くあろうと孤独を選んだ。あるいは、選ばざるを得なかった。


 その道に、決して後悔はないのだろうが、しかし魔王の娘とその首を取ろうという人間を目の当たりにして、世界の広さを垣間見た彼女は。

 幾分、晴れやかな顔をしていた。


「……リュオン。お主、人間に復讐心はあるか?」

「無いさ。そんなものがあれば、アタイは来たやつ全員殺してる」

「だろうな。だからこそ、お主に勧めたい道がある」


 シリウスの言葉が夜に溶ける。それは、身を預けたくなるほどに落ち着く声音で、この夜に相応しいモノだった。


「明朝、余たちと共に村へと下りよう。そこで、きちんとお主自身の言葉で説明するのだ。その上で、お主をある場所へと連れて行こう」

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