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魔王の娘  作者: 秋草
第1.5章 星の寄る辺とネフリティス
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ナイガル村とライカンスロープ②

 すっかり陽は沈み、夜がその緞帳を下す。ただ、完全な暗闇というわけでもなく、頭上に煌めく星々と月明りが、僅かにその闇を拭ってくれていた。

 シリウスたちが歩く森の中は、そんな天上からの光が届きにくく、注意して見なければ木々にぶつかってしまうだろう。


 その中をシリウスは迷うことなく歩いていく。それについていくシャーミアもまた、危うげなく進むものの、うんざりとしたように閉じていた口を溜息と共に開いた。


「……ねえ、まだ着かないわけ?」

「もう少しだ」

「もう少しって、なんでそんなこと分かるのよ?」

「それは――」


 シャーミアからすれば、適当に森を彷徨っているようにしか見えなかった。不安と呆れが入り混じる声に、シリウスが何かを答えるよりも前に視界が開けた。

 そこには木々もなく、地面もそれなりに踏み均されていて、森にぽっかりと穴が開いたような広場だと言えた。


 光を遮るものもないからか、空に広がる星々から届く輝きが灯りとして、その場を僅かに照らす。

 それに安心したシャーミアはようやくひと心地着いて、隣にいるシリウスへと問いかける。


「ここがアンタが目指してた場所なの?」

「そうだ。《気心閲栓(オクニリア)》。余の特異星(ディオプトラ)の一つだ。ある一定の範囲内にいる生命をある程度感知できる。まず間違いなく、ここに件の魔獣がおるだろうな」

「……でも、どこにもいないわよ?」


 シャーミアが辺りを見渡しても、人影一つ見当たらない。隠れるような場所もない見通しの良い場所なので、誰かがいれば気がつきそうなものだが、そこいるのは自分たちだけのようだった。


 シリウスはそれには答えない。ただ広場の中へと入っていく。シャーミアも黙って、それについていく。


「ほら、ここに地面が焼けた跡があるだろう」


 広場の中央辺りで立ち止まった彼女は、足元を指差してそう言った。確かに少し黒ずんでいるように見えるものの、夜なのでいまいち判別がつかない。

 シャーミアが目を凝らしていると、しゃがみ込んだシリウスは何かを拾っているようだった。


「これは魔獣の毛だな。淡い茶色の体毛は、恐らくここを根城としている魔獣のものだろう」

「根城って……」

「シャーミア。この場に気配がないように感じるのは、余たちが来ることを察知されたからだ。狩りは気付かれる前に終わらせるのが基本。先手が必ず有利になれる、命のやり取りだ」

「それって――」

「気を付けろ、シャーミア。余たちは既に、魔獣の狩場に足を踏み入れておる」


 風が吹いた。

 自然のものではない、しかし極めて風景に溶け込んだ異常。

 月光に一瞬の陰りが見えたかと思えば、シャーミアへと銀色に光る一閃が放たれていた。


「――っつ!」


 森に甲高く響く金属音。

 その身に凶刃が振るわれる直前、短剣で防いだシャーミアは月夜に姿を現した襲撃者の正体を暴こうとした。

 が――


(重――っ!?)


 相手の姿を見る暇などない。

 見舞われたその一撃は、軽々しくシャーミアの体を勢いよく吹き飛ばした。

 そのまま、木に叩きつけられそうになったところをギリギリで体勢を整えて、木に両足を着地させる。


「え――?」


 だが、全ての勢いを殺しきれない。おまけに木の方が保たなかったようで、悲鳴を上げながら着地点がへし折れてしまった。

 足場がなくなった彼女はバランスを崩して、地面へと落下するもののすぐにその場で横に転がる。

 なんとか、倒れてくる木に押し潰されずには済んだ。


 手に残る痺れを感じながら、シャーミアは先日刃を打ち合った第三憲兵隊の隊長を思い出す。

 力の掛かり具合は彼が振る大剣とほとんど同じ。

 しかし、力は彼の比ではない。短剣で受けていなければ胴体から二つに分かれていただろう。


「シリウス!」


 叫ぶと同時に、ようやくその姿を視認する。

 自分の倍はあろうかという体躯。月の光を浴びる薄茶色の体毛。上半身と腰回りにボロ布を纏ってはいるものの、その姿は人ではない。


 縦に長い瞳孔。三日月のように鋭い牙に爪。

 二足で立つ獣はその手に大ぶりな斧を握りしめ、今まさにそれをシリウスへと振り降ろそうとしていた。

 この後起こり得る惨劇が容易に想像できるものの、しかしやはり、それは訪れない。


「可愛いオオカミに、斧はいらぬな」


 勢いよく振るわれたそれを、シリウスはちらりと見上げて、触れるよりも前にいとも容易く指で弾いてみせた。

 紅蓮の髪が不規則に揺れ、斧が遥か後方へと飛んでいく。


「――っ!?」


 獣の表情が、驚愕に染められた。

 それはそうだろう。見た目は十二やそこらのただの少女だ。そんな彼女に、片手間に攻撃を防がれれば誰だって驚く。

 しかし、そこは魔獣としての性なのか。怯んだ瞳を再び獣のそれに変貌させると、その爪を小さな彼女に突き立てる――


「――おすわり(エスヘリヤ)


 シリウスのその一言だけで、魔獣の体が凄まじい速さで膝から崩れ落ちた。


「な、なに、が……」


 女性のように高い、人間の言葉を発する獣の瞳に映るのは、困惑と恐怖。地面に伏した体も、自由に動かせないようだった。

 そんな抵抗することもできない、最早哀れとすら思えてくる大型の獣の頭をシリウスは優しく撫でる。


「やはり魔獣は可愛いな。シャーミア、こちらに来てお主も撫でるがよい」


 そんな無邪気な言葉を発するシリウスと、可哀想なほど震えている魔獣の姿を見せるその光景を、シャーミアは哀れんで眺めるのだった。

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