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魔王の娘  作者: 秋草
第1.5章 星の寄る辺とネフリティス
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魔王の娘と魔獣と人

 長旅に備えて色々と買い物をしていると、昼に差し掛かってしまっていた。相も変わらず街に訪れる人々は多く、喧騒が大通りを彩っている。


「今日国民に向けて、大広場で大事な発表があるそうだ」

「だから勇者のパレードも中止なのか」


 街への出口を目指す途中、そんな会話が耳を過ぎていく。

 恐らく、勇者の失踪とウェゼンの銅像を建てる話をするのかもしれない。昨日の今日で打つ手が早いなと、シリウスは昨日あったダスピスという男を思い出す。


「見ていかなくてもいいの?」

「彼奴らならば上手くやってくれるだろう。それに、これ以上混み合う前に街を出てしまいたい」

「それもそうね」


 言いながら、街への入口とは別の方向へと歩みを進める。

 このサグザマナスには複数の玄関口が存在する。

 シリウスはその中の、南へと伸びている街道に続く出口を訪れて、そこで出立の手続きを行う。

 と、言っても入都市した時の情報と照らし合わされるだけだが。


「はい。これで手続きは以上です」

「すまぬが、乗り合いの馬車があると聞いたのだが」

「ええ、はい。ありますよ。この都市を出てすぐに、待合所があるのでそこに向かってください」

「分かった。礼を言う」


 案内された通りに向かってみると、確かにそこには複数台の馬車が停まっていた。その内の一つがすぐに出発するようで、シリウスたちはそれに乗り込むとすぐに馬車は動き始めた。

 人で賑わう中心都市が、次第に離れていく。


「ところで、次はどこに向かうつもりなの?」

「そうだな。カルキノス国と面しておる国は魔王領を除くと二つ。リオレ皇国と海運都市アイクティエス。道なりに進むのならばそのどちらかだな。具体的にまだ、どちらに向かうかは決めてはおらぬが、どちらにせよ山は越えねばならぬな」


 今いるカルキノス国から最も近い国がその二つ。国境には警備は配備されていないらしいが、カルキノス国を超えるには国境に沿う山を越えなければならず徒歩で渡る人間はそういないと聞いていた。

 大方の人間が数日を掛けて馬車を乗り継ぎ、国へと入る。

 それがシリウスがウェゼンから聞いていた、陸路で国を渡る方法だった。


「そうね。あたしも、他の国に行ったことないけど、おじいちゃんからそう聞いてるわ。それに、人気がない場所には魔獣が出るって言ってたし。そいつらにも注意しないと」

「魔獣、か。そうだな……」


 今後の旅の中で魔獣と遭遇する可能性は大いにあるだろう。シリウスとしては彼らを傷つけるつもりは全くないわけだが、普通の人間であるシャーミアにとってはきっとそうではない。

 この場で、こちらの認識を伝えておく必要があった。


「シャーミア、知っておるか? 魔獣というのは人間に仇なす存在ではないということを」

「いきなり何よ」


 馬車に揺られながら、対面に座る彼女へと語り掛ける。彼女は怪訝そうな表情を浮かべながら、シリウスへと視線を投げた。


「いや、これからの旅の中で、魔獣と出会うことも増えるだろうと思ってな。当然、人間が魔獣に対してどう思っておるのかも知っておる。あの街の、カランという隊長も魔獣には悪いイメージを持っていた。お主も、そうだろう?」

「……まあ、そうね。あたしも魔獣に対して、いいイメージは持ってないわ。ていうか、良い悪いじゃなくて、魔獣は人間に対して悪い影響を与える存在だから、人と対立してるんだと思ってたんだけど」

「そういう見方もあるだろう。というより、ほとんどの人間がそう思っておるだろうな。……では、シャーミアは今までどのような魔獣の話を見聞きしてきた? 実際には会ったことはなくとも、噂には聞いておるだろう」


 火のない所に煙は立たない。何も人間が適当に話をでっち上げているわけではないだろう。

 シリウスの問いかけに、シャーミアは思い出すように宙を見上げてそれに答える。


「そうね……。竜が人の村を襲ったとか、オークが商人の積み荷を強奪したとか、スライムが家畜を食べたとか。そういうどこにでもある話ぐらいかしら」

「それだけを聞けば、確かに魔獣は悪い存在だと思うかもしれぬが、事実は異なる」

「何が違うのよ」

「例えば竜が村を襲った例だ。何故竜が村を襲う必要がある? 本来竜とは山々が連なる雲の中に生息しておる。滅多なことでは人里になど降りぬだろう」

「それは……、お腹が空いたとかじゃないの?」


 彼女が首を捻りながら答えるものの、それに対してシリウスは首を横に振り不正解を示す。


「竜の主な食事は雷雲と雨雲。それと遥か上空に漂う高純度な空気そのものだ。腹が減って人里に降りても、その問題は解決せぬ」

「じゃあ何なのよ」

「ずばり、招かれたのだ」

「招かれた? 竜が?」

「理由は様々だが、竜が自らの意志で人の場にい続けることなどまずない。村人の誰かを慕っておったか、あるいは仲良くしていたか。一時的には平和に暮らしていたのだろうが、何かがきっかけで竜と人との間で亀裂が入ったのかもしれぬ。そして、やむを得ず村を壊した」


 そう締め括ったものの、シャーミアは納得していないようだ。

 足を三角にして座る彼女は、不服そうに頬を膨らませる。


「そんなの、アンタの妄想じゃない」

「魔獣は人を襲わぬ。その理屈から、導き出した可能性を話しただけだ」

「じゃあ積み荷を強奪したオークはどういう理由があったわけ?」

「それは単に奪われたものを取り返しただけかもしれぬな。オークは意外と義理堅く、モノを大切にする。それを知ってか知らずか商人はオークからモノを取っていった。まあ、当然の帰結だな」

「じゃあスライムは?」

「スライムは基本的に自ら動かぬ。罠のように、来た者をゆっくりと蝕んでいく。大方、家畜のために土地を広げた結果、たまたまそこがスライムの餌場だったのかもしれぬな」


 全て説明してみせても、彼女はその瞳をじとりとこちらへと向けてくる。何が不満なのだろうか。

 揺れる馬車の中、彼女が欲しそうな言葉を見繕ってみる。


「しかしこれもあくまでも可能性の一つだ。余はその真相を知らぬし、シャーミアの言う通り、腹が減って気が迷ったということもあるだろう」

「そうよね? 魔獣が悪い可能性だってあるわよね?」


 今度は何故か得意げな顔になった。シャーミアは今まで自分の中で蓄積されてきたものを、否定されたくなかったのかもしれない。

 人間たちの間では、魔獣は悪だと。そういった教育がされている。


 絶対的な正義として語られる勇者の存在があるからか、もしくは自分たちの生きる領域を守るためだろうか。その考えは決して間違いとは呼べないものの、しかし内側に閉じこもってばかりでは、世界は応えてくれない。

 相手を知るために、一歩踏み出すこともまた大切なことなのだ。


「だが、人間に比べて魔獣は案外単純だぞ? あれこれと理由や理屈を述べる必要もないほどにな。わざわざ人間に危害を加えるモノなど、余程のモノ好きだけだ。魔獣はみな、それがなんの得にもならぬことを知っておるからな」

「……人間だけが騒いでるってこと?」

「見方は色々あるだろう。様々な視点から、見てやれば自ずと道は見えてくるはずだ」


 ふーん、と。膝に顔を埋める彼女に、シリウスもまた肩を落とす。

 まだまだ魔獣と人間との溝は深いな、と。その道のりの険しさをいま一度痛感させられた。


 旅はまだ始まったばかり。これから色々と世界を知っていけばいい。

 それは何もシャーミアに対してだけではなく。

 シリウスにもまた当てはまる。彼女自身もまた、その生のほとんどを魔王領で過ごしてきたのだから。


 会話がひと段落し、その馬車に乗る他の乗客の話が耳に入り始めた頃、一人の男性が声を掛けてきた。


「なんだ、赤毛の嬢ちゃん。えらく魔獣に詳しいな。もしかして魔獣の学者さんか何かかい?」

「まあ、似たようなものだ。余はまおう――」


 話の途中でシャーミアの手がその口を覆った。彼女は男性に愛想笑いを向けてから、シリウスの方へと怖い顔をして向き直る。


「アンタ……、まだ自覚が足りないわけ!?」

「すまぬ。以後気を付けよう」


 そうあっさりとした返答だったからか、シャーミアの表情が疑念に満ちているものの、そこは信用してもらうしかない。

 わざとらしく咳払いをしてから、男性へと話の続きを語る。


「余は魔王が討たれた後の、魔獣の動向について研究しておる」

「へえ、そうかい。おじさんには、難しいことは分かんねえけど、その歳で立派なことやってんだな」


 カラカラとそう言って上機嫌な表情を浮かべる男性に、シリウスは何も言わないでいたのだが、すぐに彼の方から再び声が掛かる。


「じゃあ、そんな偉い学者先生に、一個頼み事があるんだが……」

「話だけなら聞こう」


 こちらの旅も時間が有り余っているわけではない。人の頼みを聞いている暇はないが、話を聞くだけならば馬車でのいい退屈しのぎになる。

 そう思っての発言だったが――


「この馬車の終着先に一つの村があるんだが、そこで魔獣騒ぎが頻発してるらしいんだよ。そこに俺の知り合いが住んでてな。どうにか、助けてやっちゃくれねえか?」

 ――魔獣騒ぎ。

 その話を聞かされて、無視することなどできるはずもなかった。


「……シャーミア、少し寄り道をしていこうか」

「ほら、やっぱり魔獣は悪い連中なんじゃない」

「まだそうだと決まったわけではないが……」


 しかし現段階ではどちらとも言い難い。断定も推測も、意味を成さないだろう。


「ともあれ、魔獣が悪いかどうかは――」


 諭すようにシリウスは、彼女の目を見て言葉を続けた。


「お主自身の目で見て、判断することだな」


お読みいただきありがとうございます!

新章始まりました!

今後ともよろしくお願いいたします!



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していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

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