中心都市サグザマナス②
「もう少し、ゆっくりしていってもいいと思いますけど」
すっかりと陽が昇ったものの、まだ朝と言える時間。
城と街を繋ぐ橋の前で、エリスは名残惜しそうに言った。隣に立つカランはそれに対してわざとらしい咳払いをして、彼女の言葉を引き継ぐ。
「本来憲兵隊としてはいち個人に肩入れするべきではないんだよ、エリスちゃん」
「あ、すみません……。つい……」
そんなやり取りを見ながら、シリウスは首を横に振って口を開く。
「あまりここでのんびりもしてられぬ。余たちは先を急ぐのでな」
勇者たちが、アルタルフを討たれたことを知れば、国の防御を厚くするかもしれない。もう知られていてもおかしくはないが、早めに動いておくのに越したことはない。
「じゃあな、二人とも。世話になった」
「またね。カランさん、エリスさん」
別れの挨拶と共に、エリスとシャーミアは踵を返してその場を立ち去る。
街の大通りは朝特有の忙しない活気を帯びていて、昼頃ほどの雑踏はないものの、それなりに賑わっていた。
「……しばらく、この街ともお別れね」
「寂しいか?」
隣を歩くシャーミアを見上げながら尋ねる。彼女の表情は、少しだけ寂しそうに見えたが、すぐにそれは移り変わった。
「……ううん。名残惜しくないって、言ったらウソだけど。でもそれよりも今は――」
視線が、すぐそばのシリウスへと向けられてすぐに逸れる。
何かを言いかけていたが、彼女ははぐらかすように下手な笑みを浮かべた。
「――やっぱり、何でもないわ」
「なんだ? 不満があるのならば素直に言ってほしいが……」
これから旅を共にしていく中で、些細なことでも共有しておいた方がいいだろう。シリウスとしては、シャーミアには苦しい旅をしてほしくなかった。
「そういうんじゃない。ただ――」
「分かっておらぬな、本体は。シャーミアはお主にみとめ――」
いつのまにかシャーミアの頭に乗っていたシリウスの分体が何かを言いかけて、それを彼女は即座に阻止した。
「いいから! 言わなくて!」
「むぐぐぐ……」
分体は口を動かそうとするものの、シャーミアの手がそれをさせない。
まあ、シリウスには分体の思考が流れ込んでくるので、何を言おうとしていたか分かってしまっていた。
シャーミアの目標は、祖父の仇であるシリウスを殺すこと。そのためには、まずはシリウスの元まで追いつかなければならない、と。彼女はそう思っているようだった。
故に、それに足る実力があるのだと認められたいのだろう。
きっと彼女の性格ならば、口が裂けてもそれは言わないのかもしれなかったが。
「そう焦らずともよい。いずれお主は、余を倒すだろう」
「……何よ、急に」
「旅はまだ始まったばかり、ということだ」
シャーミアは首を傾げて納得していないようだったが、ともあれ彼女もそれ以上話を膨らませるつもりはないようだった。
その手が分体を解放すると、小さいシリウスはその頬をさすりながら文句を垂れる。
「シャーミアよ。分体の方の余に対してはリスペクトはないのか?」
「ないわよ。……というか、その言い方だとシリウスに対して尊敬の念を抱いてるみたいじゃない」
「ないのか?」
「ないわね」
分体がこちらへと視線を向けてくるが、それに対して寂しいとか悲しみは感じない。そもそも敵であるシャーミアが自分のことを尊敬するはずもないのだ。
と、そう思っているのだが分体はわざとらしく溜息を吐いて呆れ顔を作る。
「余の考えが分かっても、人の心は分からぬか」
「……今すぐにでもお主を消すこともできるが」
「それができるお主ではないだろう?」
ひらひらと、目の前を自在に飛びながらいたずらっぽく笑う分体。それにシリウスは視線だけで抵抗を示す。
そうしていると、横を歩くシャーミアから不思議そうに声が掛かった。
「……本当に、アンタたちが同じとは思えないわね」
「この分体は余の一部だがな。確かに多少は、違和感もあるだろうが……」
「多少どころじゃないわよ。……はあ、アンタもヌイみたいに感情豊かなら分かりやすいのに」
「……待て。その、ヌイというのはなんだ?」
聞き慣れない名詞に思わず聞き返す。分体も知らなかったようで、首を傾げていた。
「なにって、小さいシリウスと本体のシリウスって呼び分けるの面倒くさいし。《カゲヌイ》みたいにあたしの体の中から自由に出てくるから、小さいアンタのことをヌイって呼ぶことにしたの」
「ヌイ、ヌイか……」
「……不満?」
不安そうにそう確かめる彼女に、ヌイと呼ばれた分体はすぐに首を横に振ってその不安を掻き消した。
「不満などあるわけがない! よく名付けてくれた、礼を言うぞ!」
嬉しそうに満面の笑みを見せるヌイは、彼女の頭に乗っかってその手で髪を撫でる。それに安心したのか、彼女の表情も柔らかくなった。
分体の、ヌイの感情が分かる。それは嬉しいとか、楽しいといった単純な感情だったが、シリウスの胸中もまた自分のことのように暖かさに満ちていく。
名前を付けられる、ということは個として認められるということに等しい。それが便宜上のものだとしても、かけがえのない証となるだろう。
そんな微笑ましいやり取りもひと段落したところで、シリウスがふと大通りの一角に視線を向ける。
客で賑わうそこは保存食を扱っている店らしかった。
「む。あの店から良い匂いが……」
「……アンタって、結構食い意地張ってるわよね」
「長旅において、食事は大切な要素の一つだ。食事で得られるエネルギーは魔力のバランスにもつながるからな。それに、どうせ摂取するならば、美味な方がよいだろう」
言いながら、シリウスは軽い足取りで店にまで向かう。
そんな少女らしい姿を、シャーミアは溜息とともに送り出し、彼女もまたそれについていくのだった。
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本話にて幕間②が終わります!
次話より新章となりますのでお付き合いくださいませ。
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