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魔王の娘  作者: 秋草
幕間②
45/262

カルキノス国、最高権威会

 勇者を逃亡に追いやったシリウスたちの処遇について、結果を知らされたのはその日の夕刻だった。


「ウェゼンの弟子、レ=ゼラネジィ=バアクシリウスとその仲間シャーミア・セイラス。二人のこの度の行いについて、不問とする方針となった」


 ノックの合図と共に入ってきたのはカランと、黒い髭を生やした中年男性。

 見覚えのないその人物が、まずは第一声にそう言った。


 ちらりと監視官であるエリスを見ると、先ほどまで和やかに喋っていた時の様子とは異なり、背筋を正し真面目な顔つきをしている。

 恐らく彼がこの国を取り仕切る人物の一人なのだろう。

 そう判断したシリウスは立ち上がり、頭を下げる。


「わざわざ出向いてもらい、感謝する。改めて自己紹介をしておこう。余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。カランの説明にもあったと思うが、ウェゼンの弟子だ。こちらの銀髪の娘が仲間であるシャーミア。ウェゼンの孫だ」

「……シャーミア、です」


 その流れで隣に立つシャーミアも会釈と共に頭を下げた。

 二人の態度を見て頷く男性もまた、不愛想に自己紹介を始める。


「カルキノス国、最高権威会に属するダスピスだ。今回はよくも勇者殿を逃亡に追いやってくれたな」

「事前の相談もできなかったことは、謝罪する。そのせいで余計な苦労を負わせてしまったからな」

「まったくだ。本来ならば、勇者への冒涜罪も適用される事態だが、しかし今回の件はこちらにも利があった。故に勇者逃亡は、彼が独断でそうしたこととして処理をする。両名に対しても今回のような寛大な処置となった。感謝するがいい」

「重々、承知しておる」


 見た目少女にしか見えない彼女が、この国を取りまとめる人物と対等であるように話すことに不安を覚えたのか、エリスの表情が困惑に染まっている。

 シャーミアはと言えばそのことを気にも留めていない様子で、シリウスもまた同様に気にせず話を続ける。


「それで、わざわざそれを告げるためだけに、お主のような忙しい人間がここまで足を運んできたわけではないだろう」


 その問いかけにダスピスと名乗った男性は片眉を上げて、応じた。


「ああ。実際にこの目で見ておきたかったというのもあるが、今回の目的は違う部分にある。カラン隊長、あれを」


 そう言うと、彼は後ろに立つカランを呼び、それを取り出させる。

 カランが手に持つ黒い球体。漆黒を飲み込むほどの闇に塗られたその手のひらサイズの球体は、シリウスが作り出した魔力の塊だ。

 これを横目で見て、ダスピスは困ったように溜息を吐く。


「……この球体がただの宝玉ではないことは、私にも分かる。だが、百歩譲って勇者がいないことは良いとして、いなくなった勇者の代わりにこの球体が守ってくれると、民たちには説明できん」

「だろうな。余が同じ立場でもそう思うだろう。その球体の効力は、この街が危機に陥った時に発揮するよう作った。披露しないに越したことはない」

「そこでだ。少しばかり提案があるんだが――」


 ダスピスがカランに視線を送ると、彼は頷き部屋の外へと声を掛けた。

 入れ、と。その掛け声と共に姿を見せたのは複数の憲兵隊と、彼らが運ぶ一つの銅像。憲兵隊の数名はそれを静かに床に置く。

 その銅像は、一人の老人のようだった。

 ゆったりとしたローブを身に纏い、手には杖を持っている。

 杖やローブといった出で立ちにこそ見覚えはなかったが、精巧に作られたその顔立ちにシリウスは見覚えがあった。


「おじいちゃん!?」


 声を上げたのは、シャーミア。シリウスもまた、同じ答えに辿り着いていた。


「二人には馴染み深いだろう。これは、ウェゼンさんの銅像だ」

「本物よりも格好が良いな。元々、制作していたものか?」


 シリウスがそう言うと、不愛想な男はそこで初めてバツが悪そうな表情を見せた。


「そうだ。この国での人気は、ウェゼンさんの方が圧倒的に高い。彼は、世界的に偉大な魔術師だからな。それを鑑みて、作らせたものだったが……。勇者殿がいた手前、彼を差し置いてウェゼンさんの銅像を建てるわけにはいかなかったからな」

「なるほど。だが、勇者がいなくなった今、それを気にすることもないな」


 おまけにアルタルフとウェゼンはあまり相性が良くなかったのかもしれないと、思い至る。きっと、勇者がいた頃にその話が出ていたら彼は癇癪を起こしていただろうことが容易に想像できてしまう。

 そして、今これを建てるメリットも明確にある。


「勇者の後釜として、この国を守る役割をウェゼンに据えるということだな」

「察しが良くて助かる。ウェゼンさんは魔王を討伐した軍でも大活躍だったと聞く。彼を英雄視し尊敬する者も多いこともあって、これ以上の適任はいない。提案というのは、レ=ゼラネジィ殿が作り出したこの球体による功績は、全てウェゼンさんに掛かるようになってしまう、という部分だ」


 要は仮に黒い球体のおかげでこの国を守った事実があったとしても、それはウェゼンの手柄となる、ということだ。

 これに対して、シリウスは寧ろありがたい気持ちで応じる。


「元より、手柄が欲しくてやっておるわけではない。余のため、ひいては人間のためにしたこと。それに、目立つつもりもないからな。その玉は、破壊さえしなければどう利用しても構わぬ」

「……そうか。そう言ってくれて助かった」


 そうして、ダスピスは初めてその表情を崩して、ふっと笑ってみせる。これで民も納得できる材料を手にした、と言ったところだろうか。

 改めて、シリウスは彼の対応の速さや今回の処理の落としどころに感謝をする。

 これでいざという時にシャーミアが帰る場所も残されたのだから。


「迅速な処置に感謝する」

「……まあ、勇者殿にはほとほと困らされていたからな。こちらからも礼を言いたいぐらいだ」


 体よく厄介払いができたと、そう言いたそうにしながら、ダスピスは踵を返す。それを合図にして、憲兵隊数名もまた、床に置いたウェゼンの銅像を持ち上げた。


「拘留して悪かった。これで二人の身柄は晴れて自由となる。明日の朝にでも、旅立つといい」


 言い残して、ダスピス及び憲兵隊が部屋から出ていった。それに続き、カランも会釈をして扉を閉める。

 残された三人の内、大きく溜息を吐いたのはエリスだった。


「エリスさん、ずっと目泳いでたわね」

「この国の偉い人だよ? もうずっと緊張してたんだから……」


 ようやくひと心地着いた彼女に、シリウスが向き直る。


「余たちは明日には出立する。エリス。お主が監視役で助かった。礼を言う」

「そんな! シリウスさんにお礼を言われることなんて何もしてませんから!」


 短い付き合いだったが、間違いなく善人である彼女にシリウスは素直な感謝を述べる。きっと彼女のような人間が、この街をさらに良くしていくのだろうとも、そう思える。


「エリスやカランは、必ずこの国を救う一助となるだろうな」

「カラン隊長はともかく、私は……」

「何を言う。お主の対魔術が、この街を救う時が、必ずある。……だから、いつその時が来ても良いように鍛錬を欠かさぬようにな」

「……はい! 分かりました!」


 そして振り返り、シャーミアにも同じように視線を向ける。


「シャーミア、お主もだ。今回の動きは良かったが、お主はまだまだ強くなれる。強くならなければならぬからな」

「言われなくたって、分かってるわよ」


 その言葉がただの強がりではないことは分かる。彼女はシリウスから与えられた邪魔者の足止めという役割を全うできていたものの、まだ詰めの甘い部分があったことは自覚しているのだろう。

 それが分かっているなら、シリウスからこれ以上は何も言うことはない。きっと今回の一件が、彼女をより成長させるはずだ。


「安心しろ。いざという時には余が守ってやる」


 不意に、シリウスの声ながら感情豊かな声音が響く。

 その声の主、小型のシリウスはシャーミアの胸元からひょこりと顔を覗かせた。


「アンタ、まだいたの?」

「当然だ。余はシャーミアを守るためにおるのだからな!」


 元気よくそう言い放つ彼女に、シリウスがじとりと視線を送る。

 シリウスの分体は、本体の思考も分かるしその逆、つまり本体が分体の考えていることも分かる。

 感情豊かなその分体が、うっかりと余計なことを話してしまう可能性もある。

 視線を受け取った分体は気まずそうに目を逸らし、そしてひと際大きく声を出した。


「まあ、こんな話は置いておくとして、余が知っておるウェゼンについての話でも聞かせてやろう」

「え、師匠の話ですか! ぜひ聞かせてください!」


 無理やりに逸らされた話題に喰いついたのはエリスで、シャーミアもそれに乗っかる姿勢を見せる。


「まったく……」


 分体を作ったのは失敗だったか、そう思うものの、しかし後悔はない。

 そうして話し始めた小さい自分の声に、シリウスもまた耳を傾けるのだった。


お読みいただきありがとうございます!


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