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魔王の娘とその未来

 目が覚めると、そこは豪奢な部屋だった。

 調度品は煌びやかながら派手すぎない装飾を光らせていて、吊り下がる照明も、天蓋付きのベッドも、今少女の身を包んでいる寝具も、全てが上質だと言えた。

 体を起こし窓の外を見る。

 日はまだ昇ったばかり。蒼海のような空に、白い雲が今日の天気を表していた。


「う~ん……」


 同じベッドでは銀髪を下したシャーミアが寝息を立てていて、その隣、ベッドの横に添えられた椅子に、エリスが座り眠っていた。


「……よく、頑張ったな」


 少女は優しい声音、と言っても感情の機微は小さいが、それでも言葉と感情を添えて、その小さな手でシャーミアを撫でる。


「ん……」


 彼女の表情が幾分和らいだ、ように見えた。相変わらず眠ったままのようなので、楽しい夢でも見ているのかもしれない。

 少女はベッドから降りて、そのまま静かに部屋を出る。


 廊下では幾人の憲兵隊が巡回しており、すれちがう度に敬礼をされるのでその度に敬礼を返しておく。

 どうやらここでは賓客という扱いであるようだった。


「すまない。外に出たいのだが」


 すれ違う憲兵隊の一人に、シリウスはそう尋ねた。彼は怪訝な顔一つ見せずに、はきはきとした口調で応じる。


「はい! ここから真っ直ぐに進めば扉がありますので、そちらから庭園に出ることができます!」

「分かった。礼を言う」


 頭を下げて、彼女はそのまま言われた方向へと向かう。その先には両扉式の通用口。シリウスが手に力を込めて押すと、抵抗なく扉は開いた。

 朝の陽ざしが目に眩しい。

 漂う澄んだ空気を、肺に溜めて吐き出したシリウスはそれから歩き始める。


 城に設けられた庭園は様々な草花が咲いており、朝陽を受けてそれらが輝いている。庭園を横目に見ながら、歩いていると城の外壁へと行きついた。階段があるのでどうやら外壁の上へと昇れるらしい。

 シリウスはその足で階段を昇り始める。


 石造りでできた階段に、革靴が音を鳴らす。そうして昇りきった先には、薄い青空に陽光で照らされた湖の景色が待っていた。


「……風が心地良いな」


 朝風が彼女の紅蓮の髪を梳いていく。

 外壁には誰もいない。シリウスは外壁に身を寄せて、天からの煌めきに騒ぐ湖を眺めた。

 小鳥は囀り、雲が流れる。

 世界はこれほどまでに平和で、美しささえ感じる。そうした日常の祝福を存分に受け取った彼女は、一人思う。


 復讐、その後のことについて。


「お、いたいた」


 ふと、背後からそんな聞き覚えのある声が届く。憲兵隊隊長の声だ。

 シリウスは振り返ることもせずに、ただ輝く世界に目を向け続ける。


「こんな朝早くからどうかしたか? カラン隊長」

「いやいや。一応貴女の身柄はまだ拘留されているわけだから、自由に出られると困るんだけど」

「だが見張りのエリス副隊長は寝ておったし、他の憲兵隊も快く見過ごしてくれたぞ」

「はあ……。憲兵隊としての自覚が足りてないんだよ、まったく」


 そう溜息を吐く彼を見やると、その表情は酷く疲れきっていて、寝不足であることも見て取れる。

 恐らく、襲撃のことで奔走していたのだろう。


「迷惑を掛けたな」

「本当だよ。おかげで寝てないからね。……でも彼ら、上の人たちも意外とすんなりと受け止めてくれた。これも、ウェゼンさんの名前を出したおかげかもしれない。早ければ今日中にでも答えは出るだろうさ」

「それは早いな。嬉しい誤算だ」


 その結果を受けて、どう動くかが決まるわけだが、どちらにせよこの街に留まり続ける理由はシリウスにはない。

 次の勇者を討たなければならない。その目的が変わることはないのだから。


「どうかしたか?」


 隣に立つカランから視線が注がれていた。何かを言いたそうにしているものの、悩んでいる様子だったので彼女から声を掛ける。

 彼は、やがてシリウスに向けて言葉を投げた。


「……貴女が本当に魔王の子だって、思えなくてね」

「――何故、そう思う?」

「何故って――」


 口ごもってしまった。どのように伝えれば正解か、迷っているようだ。

 人間には、それまで培ってきた経験と価値観がある。それはシリウスにも当然あった。それは生きていれば、蓄積されるものだ。


 だからきっと、カランのこれまでと今見ているシリウスとで、齟齬が生じているのかもしれないと、彼女は予想する。

 果たして、シリウスの想像はどうやら当たっていたようだった。


「魔王って、もっと恐ろしい存在で人間に対して悪意を振り撒いてるって、そう思ってたもんだからさ。その、貴女が俺の中のイメージと違ってて」

「そうだろうな。だが魔王、余の父は人間に対して友好的だった」

「それは……、知らなかったな」

「死人に口なし。勇者との闘いで敗れた余の父が、その後勇者たちにどう語られようが、正しい魔王の姿を知ることはない。敗者はただ、勝者に従うしかないのが、争いの悪い部分だな」

「だから貴女も……」


 彼は言いかけて首を横に振った。それは理性と使命との葛藤なのかもしれなかった。言おうとしたその代わりの言葉を、彼は見つけて発する。


「もし、この街を無事に出立できたなら、次はどうするつもりなんだい?」

「無論、次の勇者を殺そう」

「……ずっとそれを続けるつもりなんだね」

「ああ。このために、余は修練を積んできた」


 何を言われようと、止めるつもりもない。

 復讐など何も生まない、と。憲兵隊である彼は、きっとそんな道徳を説いてくれるのだろうが、それはもう十分にウェゼンに説かれた。


 今更、言葉一つ二つで揺らぐような信念ではない。

 そう思っていたが、向き直った彼からはシリウスが予想していなかった言葉が出てきた。


「じゃあ、復讐が終わった時、どうするつもりだい?」

「――余の目的が終わった後か」


 例え勇者を全員倒した後、きっとシリウスには何も残らないだろう。

 それは、『(かく)の勇者』を消滅させた時に、感じたモノだった。


 あれほど焦がれた勇者に追いついて。

 これほど待ちわびた場面に入っても。

 シリウスの胸中に渦巻く感情に揺らぎはなかった。その理由について、深く考えたものの答えは依然として出ていない。

 そうして気がついたのだ。


 ――これはきっと、シリウスの本当の目的ではないのだと。


「世界を平和にしようと思う」

「世界平和?」

「うむ。人間と魔獣が平等に生きる、余の父が望んだ世界を、余は作ろうと思う」


 目の前に立つ彼は、呆気に取られたような表情を見せたが、やがてその眉尻を下げて力なく笑った。


「いいね。貴女が作ろうとする世界なら、きっと良い世界なんだろうな」

「ああ。憲兵隊も不要になるほどに、平和な世界となるだろう」

「それは、ちょっと困るな」


 苦笑する彼から視線を外して、再び湖へと向ける。

 誰もが太陽の光を享受できる世界を。

 誰でもこうしてくだらない会話ができる日々を。

 命を失う危険性がない、平和を。


 ――父の仇を取ったその暁には、必ず……。


 シリウスは天に昇る陽光を眺め、そう誓うのだった。

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