円卓、十二の座
その場所は薄暗い空間だった。
そこに豪奢な装丁が施された円卓が一つ。それを取り囲むように椅子が並べられおり、机の上に幾つかある燭台に立てられた蝋燭が、小さな光を揺らめかせる。
並ぶ椅子に座る者の顔までは照らさない。ただ十二ある内の八席に、誰かが座っていることは視認できる。
空間を照らす光の役割は、それで十分だと言えた。
「緊急での会談なんて珍しいね」
その場にいる誰かが喋る。場にそぐわない明るい声で、声音は青年を想起させる。
それに対し、その青年よりも若干の年齢の重みを足した声が応じた。
「四軍隊勇者が死んだそうだ」
「……へえ」
青年の声が幾分落ち着いた。
以降、誰も何も口は開かない。ただ沈黙だけがその場を支配する。
蝋燭の火が幾度揺れただろう。やがてその場の一人が声を上げた。
「……これ以上待っても他の勇者は来ないだろうな。早速だが、今回集まってもらった件について報告をする」
響く声は重々しく、年齢を感じさせる。だが、しわがれているというわけではない。低いながらも通りやすいその声の主は、誰の返答も待たずに続けた。
「話にも出ていたがつい先刻、四軍隊勇者の反応が消えた。確認は進めるが、十中八九この世にはもういないだろう」
声の主は左手を突き出した。その手首には黄金のブレスレットが付けられており、それは蝋燭の灯りを反射させて煌めいている。
「このブレスレットが勇者であることを示す。これが消える時は、勇者の命が潰える時。四軍隊勇者の反応は、現状どれだけ探っても発見には至っていない」
「一軍隊勇者は、わざわざそのためだけに俺らを呼び出したってわけ?」
「そうだ。何か不服か?」
「いいや、全然。嫌なら会談には出なくてもいいんだし。ただ、如何せん情報なさすぎっしょ」
軽い口調で話す男に、先ほどまで話していた声の主は溜息を吐く。
空気が弛緩した。そう感じたタイミングで、他の者も思い思いに口を開き始める。
「そうですよねえ。誰に何をされたのか、その人物の狙いも分かりませんし」
胡散臭い声の男に続いて、女性の声が空間に響く。
「狙いやなんて、勇者殺して名声高めたい以外あらへんのちゃう?」
「そんな考えのやつが、四軍隊勇者を狙うかな? アイツの特異星、発動されれば無敵だと思うんだけど」
その言葉に、この場にいる全員が納得してしまう。
そうしてそのまま、低い声の主が再び話し始める。
「そうだ。大事なのは何故殺されたかではなく、何故四軍隊勇者が狙われたのか、だ。よりにもよって最も殺すのに時間がかかるであろう相手を、何故選んだのか。俺は一つ、ある仮説を立てた」
「仮説?」
「ああ。敵は我々勇者の中で最も厄介な者から始末したのではないか?」
静寂が訪れる。しかしそれもほんの一瞬で、違う男の声がその空間を埋めた。
「そうは言ってもよ、俺ら全員厄介な能力持ってねえ? たまたま四軍隊勇者だけだったんじゃねえの?」
「もちろんその可能性もある。だが、俺の仮説が正しかった場合、さらに一つの仮説が浮かび上がってくる」
「なんだよ。もったいぶるじゃん」
「敵が勇者全員の抹殺を企てている、というのが俺の見立てだ」
「な――」
先ほどまで楽しそうに喋っていた声の主は、言葉を詰まらせる。その場にいる他の者も、同様に耳を疑っていた。
「いや、僕たち全員とやり合えるわけないよ」
「俺のこれはあくまでも仮説にすぎん。しかし、つい最近不可思議な報告が入ってきてな。それも併せると中々に信憑性が増す」
「不可思議な報告?」
「ああ。旧魔王領に立ち入る直前、魔獣討伐部隊が半壊したらしい」
その言葉を受けて、胡散臭い声の男が会話に挟まる。
「確か、世界各国の戦士を集めたあの杜撰な計画ですよね。さぞ優秀な兵士たちだったはずでは?」
「全軍ではなく、あくまでも先行部隊として数隊が向かっていたみたいだが、そこはさして重要ではない。その半壊させた人物、そいつは自身のことを魔王の娘だと、そう宣ったそうだ」
その言葉に、場の空気が凍りついた。それまで軽く話していた者が言葉を失う中、男の言葉は続く。
「四軍隊勇者の死と、関わりがないと思うか?」
「いやいや、魔王の血族は全員根絶やしにしただろうがよ」
「事実は不明だ。だが、実際にその姿を見たという兵も多くいる。詳細な話はまだ聞けていないが、共有しておいた方が良いと思い、この会談を開かせてもらった」
そう男は締め括った。先ほどまでの空気はすっかり冷え切ってしまい、場は白ける。
そんな中、一人の男が声を荒げた。
「どこの誰が来ようが、殺せばいい。……違うか?」
「五軍隊勇者の言う通りだな。だが、敵はあの四軍隊勇者を殺した存在だ。勇者諸君。努々、足元を掬われることのないようにな」
そこまで言って、男は席から立ち上がる。
「――では、この辺りでお開きとしようか。今日の会談はあくまでも情報共有にすぎん。詳しいことが分かればまた、報告する。以上だ」
そうして、椅子に座る人影は一人、また一人と消えていく。
そして役目を終えたとばかりに、蝋燭の灯火も白煙を残して消えるのだった。




