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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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花火が散ったその後で 後編

「その通りだな。だからこれは余が独断で仲間を連れてやったことにする。ウェゼンがかねてより、勇者が増長しておることに頭を悩ませておったのは知っておる。それを聞いた弟子である余が、ウェゼンの想いを汲んで更生させる意味も込めて此度の騒動を起こした。こういった筋書きだ」

「それならわざわざこんな騒動起こさなくてもいいんじゃないかな?」

「いや、普通の人間相手ならば話し合いで解決するだろうが、アルタルフという人間は性根が腐っておるからな。荒療治でなければならぬと判断した。そういうことにする」

「まあ、あの勇者様を知ってれば納得はできるか……」


 アルタルフにウェゼンの協力があったことを、ばらした時のことを思い出す。

 あの時の彼の溜まった感情をそのまま受け取るならば、ウェゼンが何を言ってもダメだった経緯はある。

 勇者のこれまでの礼節に欠く言動については、誰もが承知している通りだ。


「追い詰めれば彼がどうするか、想像に難くない。諦めて更生するような人間性ではないことは、誰もが分かるだろう。故に、この国から立ち去った、という弁は受け入れられるはずだ」

「あの、それが仮に問題なく理解されたとしても。ウェゼン師匠にバレるんじゃ――」

「……そうだな」


 シリウスは静かに目を閉じた。

 ウェゼンの死を知る者は、彼の村の人間とシャーミア。それから彼に口封じの魔術を施した勇者ぐらいだろう。


 彼の死を、公表する理由はない。とは言え隠す理由も、またない。

 彼女は記憶に残る彼の姿を思い出し、彼ならばきっとこうするだろうと、やがて眼を開いた。


「ウェゼンにはまた会えた時にでも余が話して、ちゃんと怒られよう。きっと、彼は笑って許してくれるだろうがな」


 彼は言葉できちんと諫めてくれる。そしてその後に、必ず笑ってくれる。未だに頭に残るウェゼンが、そうするはずだと示してくれる。

 そしてそれは多分、シリウスに対してだけではなく――


「……そうですね。ウェゼン師匠なら、笑ってくれるでしょう」


 ウェゼンという人間を利用していることには罪悪感はあるものの、しかしそれも彼の人間性を理解しているからこそ。

 シリウスは内心で彼に感謝しつつ、言葉を続ける。


「それからこの街の今後についてだな。勇者がいなくなったことで、民には不安が過るだろう。彼の魔術結界があったからこそ、受け取れていた平和だと、そう思っておるだろうからな」

「……その口ぶりだと違うみたいに聞こえるけど」

「ああ、実態は全く違う。まず前提として、勇者アルタルフは街に結界を張っておらぬからな」

「え? そうなの?」

「感知できぬのも無理はないな。余は人に限りなく近いが魔獣に分類される。そんな余が普通にこの街に入れている時点で、結界は張られていない。これが何よりの証拠だ。だが、そのことについては誰も知らぬだろう?」

「……そうだね。そんなこと、思いもしなかった」


 だが、内心納得しているようだった。それは勇者アルタルフという人間性を、憲兵隊の男は理解しているからだろう。


「勇者が逃げたとなれば、その点について問われることだろう。これに関しては、余の力を利用してもらう」

「何をするつもりだい?」

「簡単なことだ。……これを、この街に置いておくとよい」


 シリウスは手を差し出すと、手のひらに黒い球体を作り出した。

 夜の闇よりも暗く、覗き込むと吸い込まれそうになる。


「それは……?」

「余の、力の一端とでも言えばよいだろうか。それさえこの街に置いておけば、この街に魔獣が近寄ることはないだろう。もっとも、魔獣が積極的に人間の住む場所に近寄ることもないだろうが。まあ民に与える安心材料だと思ってくれればよい」

「……これが危険じゃないって保障は?」

「ないな。そもそもこれら全ての話が、余が我が身可愛さに適当なことを話しておるかもしれぬだろう。その話を含めて、全てお主らに信用してもらう他ない」


 今まで話してきたことは全てシリウスの主観である。まだ勇者がいなくなったことも確認できていないし、ほとんどが曖昧な話ばかり。

 それはシリウスとしても承知の上だった。


「そして、これまでの話を踏まえた上で要求することは一つのみだ。この玉を、置いてくれればよい」

「……それだけかい?」

「ああ。他には何も望まぬ」

「俺らが貴女たちを拘束するよう働きがけたり、そもそもその提案が上の人たちに通らない可能性だってあるけど」

「余の言葉を信じるかどうか。余を捕らえるかどうか。全てお主ら人間の判断に一任する。この街の未来を見据えた選択をしてくれることを、余は願っておるがな」


 シリウスはそう話を締めくくった。語ったことは全て本心。保身的な内容は微塵もない。

 こんな怪しい話を、権威を持つ人間が理解を示してくれるとは到底思えないわけだが、そうなった時には強引に逃亡するだけだ。

 憲兵隊の男は僅かな時間悩んでいる様子だったが、やがてシリウスへとその顔を向けた。


「分かったよ。俺らとしても、勇者をみすみす殺されたことを問い詰められたくないし。逃げたこと含めて、貴女が全部やったことで責任を背負ってもらうことにする」

「構わぬ。元は余の我が儘に過ぎぬのだからな」

「そうだね。本当に、余計なことをしてくれたよ……。ああ、それと。上の人たちから許可を貰うまでは見張りを付けさせてもらうし、しばらくこの街にいてもらうことになるよ」

「無論、その程度は覚悟の上だ」

「……分かったよ。それじゃあ、エリスちゃん。しばらく付いてあげて」


 大剣をしまいながら、疲れたようにそう告げる彼に、憲兵隊の女性は信じられないモノを見たかのような表情で男を見やる。


「え、私ですか?」

「そりゃあそうだよ。俺は色々やることあるし、この人たちについて知ってるやつが付いていた方がいいだろ」

「……まあ、そうですね」


 渋々、といった様子で承諾する彼女は改めて、シリウスたちの方へと向き直った。


「窮屈かもしれませんが、しばらくお付き合いください」

「うむ。こちらこそよろしく頼む。ああ、そういえば余についての自己紹介はしたが、彼奴の自己紹介はまだだったな」


 シリウスは振り返って、仮面を着ける彼女を呼ぶ。

 彼女は少し気まずそうに近寄ってきて、その仮面を外した。


「……シャーミア=セイラス、よ」

「――やっぱり……」


 視線を外して煮え切らないシャーミアに対して、憲兵隊の女性は分かっていたように、その表情を見て安堵したようだった。


「やっぱり、って。エリスさんは分かってたの?」

「……なんとなく、ね。こうして実際に見ると、びっくりしちゃったけど」


 そう話す彼女たちを横目に、男がシリウスに尋ねる。


「仮面、外させて良かったのかい?」

「そうだな。問題ない。あれは、もし余が勇者殺しに失敗した時の保険のようなものだったからな」

「……まだ上の人たちから許可をもらったわけじゃない。貴女たちが追われる身になる可能性だってあるんだけど」

「大丈夫だ。お主のことも、この国のことも。人間たちを、信じておるからな」

「――そう言われても困るけどね」


 男はその手で頭を搔いてみせた。

 やがて、足が治った憲兵隊たちの訪れる足音が聞こえ始めた。これから、憲兵隊の隊長が説明をするのだろう。まだまだ長い夜は終わりそうにはなかったが――


 ともあれそうして。


 初めての勇者殺しは、幕を閉じたのだった。



これにて第1章完結になります!

長い間お付き合いいただきありがとうございました!


「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!


していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなるかもしれません!


ぜひよろしくお願いします!

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