花火が散ったその後で 前編
再び城の上空へと戻ってきたシリウスは、瓦礫が散乱する中庭へとゆっくりと降り立った。
視線を向けるは黒い仮面を着ける黒衣のシャーミアと、小さい自分。そのまま身構える憲兵隊の二人へと流れる。
「初めまして。自己紹介は、まだだったか? 余の名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。魔王の子、その唯一の生き残りだ」
「魔王の……!?」
憲兵隊の二人はその表情を強張らせる。臨戦態勢を崩すことはしないが、その動きに迷いが生じているようだった。
当然だろう。魔王は討たれ、世界は人間たちのものとなった。その中で、魔獣の王たるその娘が現れれば誰だって動揺するし、疑う。
だからこそシリウスは、予め牽制しておく。
「言っておくが魔王の子であることの証明をしろと言われても、それは難しい。余の言葉を信じてもらう他はない」
「……いや――」
大剣を持つ男の視線が、シリウスからその背後へと向けられた。そこにいるのはシャーミアと宙に浮かぶ分体のシリウスだ。それらを見て、溜息混じりに彼は首を横に振り、認める。
「お前たちが、ただ者じゃないことはよく分かってる。正直、そう言われた方が、納得できるよ」
「そうか。話が早くて助かる。……さて――」
シリウスは片手を胸の前に差し出す。籠められるのは魔力。だがそこにあるのは、殺傷性のある攻撃魔術ではない。
彼女の手のひらに浮かぶ翡翠色の優しい輝き。それは独りでに天へと浮かび上がり、そして城の上空で破裂し、拡散した。
「――後始末でもしながら、話し合おうではないか。この街の、未来について」
上空で弾けたシリウスの魔力が城へと降り注ぐ。
それはまるで雪のように瓦礫や、負傷した憲兵隊に触れる。夜空に浮かぶその煌めきは、幻想的な光景とも言えた。
やがて、それは起きた。
「これって――」
憲兵隊の女性がその光景に目を見張った。
崩れた城の壁が、散らばった瓦礫を集めて修復を始めていく。まるで時を巻き戻しているかのように穴が開いた部分も埋まり、初めから何もなかったと、そう錯覚してしまうほど完璧な修繕が行われた。
「ただの回復魔術だ。負傷した憲兵隊。壊された外壁や内装。モノが覚えていた形に、全て戻る」
彼女が話している最中も、それは観測できる。憲兵隊の男が斬られた腕も、ふわふわと浮かんで、やがて元あった彼の部位へとくっついた。
「俺の腕まで……」
男は信じられないものでも見たかのように呟き、その手を閉じたり開いたりと、確かに動くことを確認する。
その上で、彼はシリウスへと向き直り確かめるように言葉を放つ。
「治してくれて、礼を言うよ。申し遅れたけど、俺はラキシィ=カラン。カルキノス第三憲兵隊隊長を務めさせてもらっている。……それで、どうしてこんなことをしたのか、貴女の目的を教えてほしいんだけど」
目の前で起きている事象を見て害意はないと、そう判断したのだろう。彼は警戒心を保ったまま、臨戦態勢は解いていた。
彼はこちらの意図を探っている。大体の目標は分体シリウスから聞いているだろう。ならば気になっている点は何故これほどの力を持ちながら、どうしてその目的を達したかったか、という部分。
シリウスは彼の瞳を見ながら、嘘や虚言を混ぜることなく、誠実に応じる。
「勇者を殺すことが目的であることは、そこの余の分体が言っておっただろう。――目的は余の個人的な復讐だ。だがそれに伴って、無害な者が傷つくことは余は許せぬ。だからそこの仮面の者にも、誰も殺さないように伝えておいた。殺さなければ、後は余がどうとでもできるからな」
「……随分と、回りくどいことをするね」
「悪いのは勇者で、それ以外は余にとって悪ではない。……たまに度し難く不快な人間もおるがな。基本的には、余は命までは奪うつもりはない。余の目的のための犠牲は、できる限り少ない方がよいからな」
「そこまでの思慮深さがあって、何故――」
男は理解できないような仕草を取る。認めてもらおうとも思っていない。それが、普通の人間が見せる反応なのだろう。
「――あのっ」
ふと、憲兵隊の男の隣に立つ女性が声を上げた。緊張した様子の彼女は、言葉を選ぶようにして、それを絞り出す。
「エリス=ハイロンと申します。……その、勇者様はどうなったんでしょうか?」
ここまで言葉の上でしか登場しておらず、彼の安否については話していない。
シリウスは彼に触れたその手へと視線を落とし、握りしめる。
「――勇者は、余が殺した」
「……そんな――」
彼女の表情が落胆に染まった。そこにあるのは絶望や悲嘆ではないことが読み取れる。ある程度、予想できていたのだろう。
「勇者が惜しいか?」
「……え、えっと。その、惜しいと言いますか、守ることができなかったのが、悔しくて……」
「責任感が強いな。なに、気に病むな。あの勇者ならば、死んだ方が世のためだ」
「それは……」
彼女は言葉を濁してそれ以上は言わない。
つくづく、アルタルフという人間は誰からも愛されていなかったのかと、そう思う。だが、彼の性格や言動を思い返せばそれも同情に値しないものばかりだったが。
「――さて、ここからが話の本題だ。憲兵隊であるお主らと話し合うのも筋違いと言われるかもしれぬが、現状の事情を知っている者がお主らしかおらぬからな。ここで相談させてもらおう」
「……相談、というのは?」
「先ほども言った通り、この街の未来に関わるものだ。まずは勇者についてだな」
今までこの街の象徴ともなっていた勇者が突然姿を消せばどうなるのか、想像するに難しくない。
だが、勇者そのものに人気があったわけではないのも、また事実。
シリウスはその点を踏まえて、話を進める。
「勇者が死んだ、と。そうなると困るのは、憲兵隊。それに国を運営する人間だな。英雄をみすみす殺したとなると、外聞が悪すぎる。……この国の中枢は、誰か一人を君主として崇めておるわけではないのだろう」
「……そうだね。法律や政治を取り締まる方々が、この城にいるよ。今は避難してるだろうけどね。この国は、誰か一人が何かを決めるというよりは、その数人の上に立つ人間が話し合って色々と取り決める方針なんだ」
カルキノス国に、決まったリーダーはいない。それはそもそもこの国が興った時から、そうだった。代わりにあるのは、国民から選ばれた複数の代表たちによる話し合い。そうして国は動いてきた。
勇者が帰ってきてからは、その話し合いもほとんど意味を成さなくなっていたが。
彼の言葉を聞いたシリウスは、静かに頷いてみせた。
「そこで、勇者がいなくなればこの国の体制も元に戻るだろう。だが、その前に勇者がどうなったかをきちんと決めておかなければならぬ」
「……どうするんだ?」
「うむ。勇者は逃げたことにする」
「……いや、そんなの信じてくれるわけないでしょ」
男はそう首を傾げるが、無論そのまま伝えるつもりもシリウスにはない。
「まあ聞け。それを伝える際に余の素性について、お主らには少し誤魔化して話してもらう。余がウェゼンの弟子だと、そう伝えてくれればよい」
「え……、あの、ウェゼン師匠はこんな強硬策しないんじゃ……」
エリスのその言葉に、シリウスは力強く頷いてみせる。




