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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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『殻』破れる

「は――?」


 結界は、ガラスが砕けたように散り、花火の光に煌めく。

 アルタルフの表情が、固まった。


「お主の結界の解析は完了した。複雑に絡まっておったが、既存の結界だけで構成されておったから意外と時間は掛からなかったな。――さて、何故お主の魔術結界がいとも容易く破られるか。その疑問にも答えようか」


 彼女は語る。その間にも、白い手は結界を一つ、二つと破っていく。


「余はお主の結界に触れた瞬間に、それを解析して対魔術を流し込むことで破壊しておる。造作もないことだ。お主の作り出す結界は、全て余が知っている既存の結界だ。思考することもなく、ほとんど反射で対魔術の正解を導ける」

「くっ――」


 最早、アルタルフは彼女の話を聞いていないようだった。今まさに迫る白い手に対抗するために、身を纏う結界を増やし抵抗する。

 が、シリウスもまたそれを意に介さない。


「お主が自身の特異星(ディオプトラ)の性質理解を進めたり、探究心に溢れておる者だったならば、余が有利になることは叶わなかった。お主が進歩を止めた時点で、余の勝利は確定しておったのだ」

「……何言ってんだ! 俺様が進歩してねえなんて言い切れねえだろ!?」

「そうだな。これは賭けだった。この街に入って話を聞いた結果、ようやく五分の勝負となった」

「そんな確率で、なんで――」


 シリウスの目が細められる。

 花火の音が一時的に鳴り止んで、彼女はやがて口を開いた。


「お主を信じたのだ」

「な、に――?」

「いや、これでは御幣が生じるな。街の者が語るお主を信じた、と言い換えよう。この街には結界が張られていると、そう聞いた。だが、余はその結界を感知できなかったのだ。魔獣を弾く結界だが、余は弾かれなかったしな。必然、結界の主である者が意図的に結界を張っていないと、そう推察できる。ならば、何故結界を張っていないか。それは、勇者がなにか目的があって結界を張っていないか、怠けているか。そのどちらかだと考えた」


 またも、花火が上がり始める。夜空に咲く輝きの連発は、直に終わりを迎えるだろう。

 花火の色に都度染まっていく勇者の顔は、絶望に塗り潰されていた。


「噂に聞くお主の評判や、昼間に見たその不健康な身体を見て、余は後者であると踏んだ。街を包む結界すら日々張らない者が、欲に溺れて自身の体を肥えさせる者が、自分の能力の研究などするはずもない、と。そう信じた。――どうやら、当たっていたようだな」


 彼女の手は、ついに勇者の体をその壁一枚にまで届かせる。

 そして、その一枚の壁すらも、容易く砕け散らせた。


「俺様の、結界が……」

「魔術とは、戦争の歴史。ある魔術に対抗するために、新しい魔術を生み出し、またそれに対抗するために次の魔術が創り出される。これは、結界と対魔術の関係にも当然当てはまる。対魔術とは、魔術結界を破るために開発された魔術措置。仮にお主が、世界で誰も知らない魔術結界を開発しておったなら、ここまでの結果にはなっておらぬ」


 彼女の手が、そのままアルタルフの胸元に沈み込む。鮮血が堰を切ったように溢れ出て、彼の顔は苦悶に歪み、涙が浮かぶ。

 とっくの昔に、先ほどまであった余裕は、消え去っていた。


「止めてくれ、頼む! 何でもするから! お願いだ、助けてくれ!」

「その頼みをお主たち勇者は、魔王討伐の時に聞き入れたか?」


 彼女の言葉も、その指もさらに深く沈んでいく。

 暖かい体液が、シリウスの白い腕を染める。


「――お主の敗因は、進化することを止めたことだ」


 彼女の言葉が強まった。アルタルフには最早、自らの生に縋りつくことしかできない。


「おい冷静になれ。俺様を殺すと他の勇者が黙ってねえぞ!? これからこの世界でテメェはずっと一人ぼっちで、勇者や他の人間どもに追われる薄暗い生活を送る羽目になるんだ! そうだ、俺を見逃してくれたら、他の復讐の手引きをしてやるよ! だから――」


 矢継ぎ早に語られる彼の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

 ひと際大きい花火が打ち上がった。


「――望むところだ。宿願果たせるならば、余は喜んで世界の敵となろう」


 それと同時に、シリウスは彼に埋め込んだ手から魔術を起動する。


魔王の悪逆葬る(レ=ルガ=)殲滅の恩恵(グロウクス)


 ――閃光が、夜空を掻き消した。

 眩い輝きは、昼のように闇を拭い、すぐにまた夜の帳が下りる。


「――……」


 シリウスは魔術による閃光が消えても、その手を下げることなく虚空を見つめる。

 その視線の先に、勇者の姿はない。あるのは、手に纏わりつく不快な温もりと、僅かに残る血の臭い。


 彼女の魔術により、彼はその体ごとこの世界から抹消された。

 こびりついて残るのは、彼の鬼気迫る必死な訴えと、死に脅える歪んだ表情。

 それらは彼女の心を満たす、憎悪の濁流の中に飲み込まれていき、その扉を再び閉ざす。


 夜の空は静まり返っていた。湖上には柔らかい風が吹き、それをシリウスの頬を撫でていく。

 彼女は突き出した手を握り、胸に寄せる。


 ようやく仇を倒したというのに。

 ようやく復讐の一つを果たしたというのに。

 死んで当然の人間が、消えたというのに。


 ――彼女の心は、未だ晴れない。

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