VS『殻の勇者』後編
花火が打ち上がる時間だ。その一発だけではなく、周囲には無数に様々な光を放つ花火が咲いていた。
それを合図にして、シリウスもまた魔術を行使する。
火の基礎魔術による火炎は、いとも容易く防がれる。
風の基礎魔術による斬撃は、結界を傷一つつけない。
雷の基礎魔術による弾幕は、ただ爆煙を作り上げた。
シリウスの攻撃は、そのどれもが致命にならず、そもそも勇者にまで届いていない。
対するアルタルフは余裕の表情を浮かべていた。
「無駄だって言ってんだろ! テメェが魔王の娘なのは認めるが、所詮はあの負け犬の子ってことだ」
色とりどりの花が咲き乱れる。その間もアルタルフは距離を取ろうとし、シリウスはそれを、魔術を放ちながら追いかける。
「魔王の責罰裁く烙印の明滅」
一撃。詠唱を謳い、シリウスの手元から勇者へと赤い雷電が走る。
それは彼の元へと辿り着いた瞬間に爆発。白い煙が巻き上がる。
「何度やっても同じだ――」
爆煙の中、勇者に傷はない。魔王の娘の魔術では、結界を破ることはできない。そんなことは、シリウスも分かっている。
だから、戦い方を変えるのだ。
「――っ! いつの間に……!?」
視界不良を利用して、シリウスは彼の背後へと回る。手を伸ばせば届く距離。彼女は手を伸ばし、彼の体に触れようとする。
が、それは彼とシリウスとを別つ結界に阻まれる。
触れられた結界が白い閃光を瞬かせ、聞くに堪えない拒絶の音色を奏で始める。
先ほどシリウスが結界に触れた時のように、一瞬で弾かれるような結果は訪れない。
「何を――」
アルタルフの声に不安が積もる。その光景を訝しみながら眺めながらも、次第に増長する結界の不協和音に何もできない。
やがて、結界の悲鳴と共に、両者の体は大きく後方へと弾かれた。
あれだけの異音を響かせながらも、結界には傷はない。それを見たアルタルフは安堵の様相を浮かべた様子だったが、シリウスはその攻撃の手を緩めない。
弾かれた距離を再び詰めて、またも彼の結界に手を伸ばす。
結界は彼女の手を弾こうとするものの、シリウスもそれに抗い続ける。
「何やっても無駄だって、言ってんだろ!」
手を伸ばすシリウスの左右。彼女を挟むように結界の壁が出現する。
それは挟み潰すようにシリウスへと迫っていくが、彼女はクルリとその場で一回転して見せる。紅蓮の髪が舞い、夜空で踊る。
その際に、迫る結界に触れた。
それだけで壁が割れて、結界の欠片が闇に溶けていく。
シリウスはその身を転じながら、その瞳を再度アルタルフへと向けた。
昏く、蒼い双眸。およそ感情と呼べるものは汲み取れないはずだったが、それに睨まれたアルタルフは怯え、体を仰け反らせた。
「――お主」
少女は、言葉を落とす。
周囲に響く、花火の音がそれを掻き消そうとするが、目と鼻の先にいる彼にはちゃんと届いていた。
それに何故か彼女の声は、よく通る。
「何故、自分が狙われなければならないか、と問うたな」
それはアルタルフがシリウスに追われている時に放った言葉。彼自身答えを聞きたかったわけではなかっただろうが、シリウスはその回答を口にする。
「勇者だから、というのは先刻伝えたと思うが、十二いる勇者の内お主を先に討伐対象に選んだのには理由がある。それは、お主が最も全十二いる勇者の中で生きていると厄介だったからだ」
彼女の声は落ち着いていて、まるで日常の中に佇んでいるかのように、感情の起伏を見せていない。
「……勇者全員の能力を知っているってのか?」
「能力名までは知らぬ。実際、お主の能力名はこの街を訪れるまで知らなかった。だが、その能力の内容についてはある程度は知っておる。この目で確認したし、教えてもらったからな。それらを吟味して、討つ順番を決める時、お主を最優先で処理するのが適切だと判断した。お主の能力で籠られて、他の勇者が遠隔で攻撃するだけで余は苦戦を強いられるからな」
「……いや待て。教えてもらっただと? いったい誰が俺様たちを売りやがったんだ!?」
彼の瞳が怒りに満ちる。勇者パーティに裏切りものがいたことなど、考えてもみなかったのだろう。
アルタルフのその問いに、シリウスは真っ直ぐに正直に、応じる。
「ウェゼンという老魔術師だ」
「――っ! クソが! あのジジイ裏切ったのか!」
彼の怒気が噴出する。その憤りを晴らすためか、それとも最早感情のコントロールすらできていないのか。無数の手のひらサイズの四角い結界を作り出し、一気にシリウスへと発射する。
彼女はそれを避けながら、触れそうになった結界はその手で触れることで消滅。多くの結界を捌いて耐える。
「あのクソジジイ! 俺様の邪魔ばっかりしやがってよおおおおお! 会う度にいちいち今の生活を止めるよう説教してくるしよ! この国の連中に俺様を特別待遇させるのを止めるよう打診したり、憲兵隊の連中に取り入って居心地を悪くさせようとしたり、ムカつくんだよ! 勇者でもねえザコのくせによおおおおお!」
彼の結界は嵐のようにシリウスを襲うものの、彼女は躱し、結界を破る。踊るように、舞うように。その身を翻し、髪の毛を靡かせながら、全ての結界を破壊する。
「ぐっ――」
彼がさらに追加の結界を出そうとした。
――だが、それはできなかった。
シリウスはその人差し指を彼に向ける。ただ、それだけであるはずなのに。
「――お主、誰のことをザコ呼ばわりした?」
彼は彼女の雰囲気に気圧されてしまっていた。シリウスの放つ空気はずっと重い。それは雰囲気だけでなく、言葉など含めてそうだと言えた。
「ウェゼンは戦力としては確かに勇者には劣るかもしれぬ。だが、彼の人間性はこの世界の誰よりも輝いていて、強かった。余はそう思っておるし、その考えが変わることは未来永劫ないだろう。……それに――」
彼女はゆっくりと彼に近づいていく。結界のことを気にもしていないかのように、その身を寄せて、結界に触れようとする。
「――今のお主よりも、ウェゼンの方が確実に強いぞ」
「なに――」
アルタルフが何か言葉を発しようとしたが、それは上手くいかなかった。
シリウスのその手が、彼を守る結界の一つを破ったからだ。




