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【毎日0時更新】魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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VS『殻の勇者』前編

 時は少し遡り、街の照明が消灯する少し前。

 空へと逃げたアルタルフを追い掛けて、城内にいたシリウスもまた宙へと浮かぶ。見ればアルタルフは既に湖の上まで逃走しており、シリウスはその背中に向けて魔術を唱える。


魔王の大地震わす(レ=フェルゼン=)裂傷の産声(ガトルニス) ×(クラス) 魔王の戦火燻る(レ=イグニウス)晩末の灯火(=ベヌウ)


 魔術同士の詠唱を重ね合わせ、攻撃範囲と威力を増大。さらには属性の変更も加えた。

 続く詠唱を、彼方にいるアルタルフへと飛ばす。


魔王の激爆惑う(レ=ピロボロウ=)衝乖の魂魄(パボレアルス)


 夜の闇を真白に彩る、大規模な爆発。風が狂い、湖畔がさざめき立つ。

 魔力を一か所に集中させることにより威力も上がっていたはずだったが、しかし爆煙が晴れても彼、及び彼を纏う結界にはヒビ一つ入っていなかった。


「さすがに固いな」


 予想はしていたことだ。驚くことではない。シリウスは即座にアルタルフの元へと飛行し、その背中を追い掛ける。


「な、なんでっ! 俺様が狙われなくっちゃならねえんだよ!」


 焦燥と苦渋を混ぜた表情で振り返った彼は手を翳し、四角い板のようなものを出現させる。そしてそのままそれを高速で迫るシリウスに向けて発射した。


 魔力により作られた結界は空を裂き、空気を飲み込む。真っ直ぐにシリウスへと飛んでいくそれは、まともに当たれば結界の効果により、触れたものを削り取る。

 結界とは、何物も通さないモノ。相手の防具や魔術による抵抗も受け付けない。防御不可の一撃として、彼女に迫っていた。

 だが――


「無駄だ。今のお主では、余は倒せぬ」


 一瞬、彼女がその白く細い指で触れたかと思えば、結界は薄氷を踏んだように砕け散り割れる。


「くっ――」


 アルタルフの追撃は止まない。四角い結界をシリウスが追い掛けるその先に、無数に配置する。

 無論、全て防御不可。当たればその部分が削り取られる拒絶の空間。それらが漂う中を、シリウスは速度を緩めることなく突き進んでいく。


「なんでだ!? なんで止まんねえ!?」


 そう吐き捨てるアルタルフを、彼女はその蒼い瞳で狙いを定める。

 勢いよく飛翔するシリウスを止める手立てもなく、遂に彼女の指が彼の体を捉えそうになったその時、――大きくその手が弾かれた。


「――驚いた。二十、いや三十ほどの結界か」


 触れようとしたアルタルフのその身。目を凝らすと僅かに魔力で覆われている。それが彼の魔術によるもの、つまり自身の周囲に結界を張っていることは、昼間のパレードの時から分かっていた。だが、実際に触れて、その結界の数に目を開く。

 二つ、三つではない。もっと多重に複雑に、様々な妨害を施した結界が彼の身を包むように織られていた。


「どうやら、俺様の多重結界までは突破できねえみてえだな」

「……」

「だが俺様の結界を破ったやつは、テメェが初めてだ。この結界は魔王にすら破れなかったんだからよ」


 自信満々、と言った様子でアルタルフは胸を張った。シリウスが結界を破れないことが分かったからなのか、先ほどまで彼を苦しめていた焦りはその鳴りを潜めていた。

 彼の表情には未だ、緊張が残ったままだったが。


「思えば、俺様が逃げる必要なんてなかったな。俺様の特異星(ディオプトラ)は無敵。誰にも破れねえんだからよ。残念ながら、復讐はできそうにねえな。魔王のガキ」


 悠然と、宙に浮かぶアルタルフはニヤニヤと、そう下卑た笑いを浮かべる。彼の感情は理解し難いものの、しかしシリウスも攻撃の姿勢を緩めて見せた。


「お主は魔術というものを一つも分かっておらぬな」

「なんだ? 負け惜しみか? 実際、テメェは俺様に傷をつけれてねえ。魔術の理解なんざ、いらねえんだよ」


 彼はそう吐き捨てた。

 慢心、あるいは過剰すぎる力に溺れているようだった。シリウスは特にそれに対して何も反論はせず、ただ黙って彼を見据える。


「っつうか、さっき仲間がどうとか言ってたよな? テメェほどの力があれば、仲間に頼らなくてもどうとでもできただろ」

「……そうだな。お主からなら、そう見えるだろう」


 アルタルフの言う通り、シリウスならその気になれば城にいた邪魔者は全員瞬殺できる。そこに時間も掛からないし、妨害も邪魔も入ることなく勇者と相対することができるだろう。


 だが、それだけでは駄目だということを、シリウスは理解している。

 力による暴虐。目の前にある脅威をただ取り除くためだけに、行動する。復讐に憑りつかれるまま、振舞う。

 それがどれだけ虚しいことか。

 シリウスは分かっていたつもりだった。


「余は、お主たちとは違うと、そう思っていたいのだ」


 だから、シリウスは彼女に託す。そのために、シャーミアに邪魔者の相手を任せたのだ。

 何も残らない戦いほど、悲しいモノはないから。


「なんかよく分かんねえな。ただまあ、一つだけ分かることはあるぜ。俺様とテメェの違いだ。勝者と敗者っつうな」


 彼はそう言うと背を向けて、その場を離れようという意志を見せる。逃がすつもりなど毛ほどもないが、敢えてその言葉に乗ることにする。


「勝者?」

「だってそうだろ? テメェが俺様に傷一つ付けられねえってんなら、俺様はこのまま逃げれるってことだ。そんで他の勇者に助けを借りればいい。俺様には十一の仲間がいる。対してテメェには一人しかいねえ。これが決定的な違いだ」

「仲間の差か。確かにそれはあるかもしれぬな」


 シリウスには、仲間と呼べる存在はほとんどいない。それも当然で、長く魔王領にいたから外界にいる知り合いは限りなくゼロに近かった。

 彼の意見に納得の意を示しつつも、しかし彼女はゆるゆると首を横に振る。


「だがそもそもの前提が違うな」

「あ? 前提だと?」

「そうだ。お主は自分が勝者だと息巻いていたが、それがそもそもの間違いだ。お主にどれだけ仲間がいようと、勝者は余だ」

「何を――」


 彼が言葉を発しようとしたその時、アルタルフとシリウスとの間を真上に閃光が抜けていった。

 それは上空で爆発すると、灯りの華を夜空に咲かせる。

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