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魔王の娘  作者: 秋草
第1章 未来拒絶のクアドログラム
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VSカルキノス第三憲兵隊⑦

 戦闘は概ね終わったと、シャーミアの思考はひと段落ついていた。

 幾度の奇襲は失敗に終わったが、《カゲヌイ》を自在に出せるという性質を利用してカランに致命傷を負わせることができた。


 加えて、シリウスから借りた黒衣の外套。あまり防御に期待はしていなかったが、魔術をしっかりと防いでくれたのには驚いた。

 初めから考えていた手は全て出し切った。次に同じ手を見せても、恐らく通用しない相手たちだ。このまま撤退してくれるとありがたいが――


「もう少しだけ、付き合ってください」

「分かった。暗闇が晴れるまで、付き合ってあげよう。というか、それ以上だと俺が死ぬ」


 そんなやり取りが耳に届く。どうやら簡単に引き下がってくれるわけもなさそうだった。

 シャーミアがそれに対して短剣を構えるのと、エリスが詠唱を唱えるのはほとんど同時だった。


光輝微睡む(ケラヴィノス)白日の明滅(=ターミガン)!」


 暗闇の中、紫電が放たれ轟音を響かせる。だが、その狙いはシャーミアではなく、その背後の壁に向かっていた。

 壁が黒煙を上げて、盛大に崩れる。


(杖がなくても魔術が使えるの……? でも――)


 先ほどのように狙いが正確ではない。

 それにエリスと前回会った時は、杖を取られると何もできないと言っていたと記憶している。だが、今の彼女は魔術が使えている。あの発言が嘘だったとも思えないし、かと言ってたった一夜でそれが克服できたわけもないだろう。


 つまり彼女は、杖がなくても魔術の行使はできるが、その制御ができないようだった。それなら、あの街に人がいる中で魔術が使用できないと言ったことにも説明がつく。


(――相手もなりふり構ってられないってわけね)


 シャーミアにももう手札はない。自力勝負で勝てる二人でもない。だが状況は変わっている。

 カランの片腕は落とした。エリスの魔術はコントロールが効かない。相手の言葉によれば灯りが再度灯れば撤退してくれる。

 時間稼ぎに徹するならば、まだやりようはあるはずだった。


(エリスさんは、きっとあの隊長に魔術を当てたがらないはず……)


 魔術の制御が効かないなら、カランの近くにいればおいそれと魔術の行使はできないだろう。

 そう考えて彼の元へと近寄ろうと駆け出したが、エリスもその狙いを読んでいたのか魔術の球が放たれる。


「――っ!」


 先刻までのものとは数も威力も違う。制御はできていないようだったが、カランの元へと飛ばないように、それらはシャーミアを狙いながらも大半は地面へと撃たれていく。

 爆発と共に、土煙が舞い上がった。


「――行かせません」


 彼女の声が雷の球と共に飛んでくる。それらを躱しながら、カランの元へと向かおうにも、寧ろどんどん遠ざけられていく。


(魔力の流れが読めるから、なんとか躱せる……、けど――)


 無作為とも言える爆撃。魔術の数も多い。恐らく彼女自身、それは狙ってやっているものではないはずだった。それならば初めからできていただろう。

 エリスからは、無駄な魔力が流れていくのを感じ取れた。放っておけば魔力切れを起こすだろうと、そうシャーミアは思考を巡らせる。


 期限が切られたからこその効率度外視の戦法に、シャーミアは気を取られてしまっていた。


「――ナイスだ、エリスちゃん」

「――っ!?」


 雷の球が土煙を作り出す中、大剣が煌めく。咄嗟に短剣で防ぐものの、ろくに踏ん張ることもできずにそのまま後退。

 既に放たれていた魔術の雷弾がさらにシャーミアを襲う。

 なんとか身を捻り直撃は避けるものの、雷弾の一つが仮面を掠めた。


「つっ――」


 掠めただけだが、それは地面を穿つほどの魔術。破壊の衝撃が頭部を殴り、バランスを崩す。


(――っ、仮面が……!)


 その一撃で仮面にヒビが入っていた。

 そんなことを気にしている場合ではなかったのに、彼女の判断力は僅かに鈍ってしまっていた。


光輝微睡む(ケラヴィノス)白日の明滅(=ターミガン)!」

「しまっ――」


 全身を襲う、魔力の奔流。それを感じたと同時に、紫電の放射がエリスの手元から噴出する。

 範囲は今まで放たれていたものとは比較にならないほどに大きく、とてもではないが今から回避もできない。

 迫る攻撃に、シャーミアはただ目を瞑ることしかできなかった。


 油断があったのかもしれない。有利を取れていたという慢心が、この勝負の分かれ目だった。

 悔いは残るものの、しかしこれが今の自分の実力だとも納得できていた。だから、シャーミアはその魔術を受け入れようとした。


 だが。

 いつまで待っても、予想した痛みや苦しみは訪れない。

 ――代わりに届いたのは、聞き覚えのある声。


「仮面が壊れたようだな。だが、まあよく頑張ったのではないか?」


 思わず、目を見開く。

 その声の主は、ここ数日で出会ったばかりの同行者。祖父の仇であり、その目標のために、力を貸してくれる。


 魔王の娘。


「……って、何よその恰好!?」


 紅蓮の長い髪。こちらを振り向くその瞳は蒼く、月のように煌めいていた。恰好も話す雰囲気も全ては同じなのに、思い描いていたシリウスの、その姿だけが違っていた。


「お主の仮面に魔力を注いでおいた。壊れればその仮面を下地に余が産まれるようにな。どうだ、驚いただろう?」


 全身の大きさは人間の頭のサイズ。

 宙に浮かぶ小さな彼女はそう言って、いたずらっぽく笑ってみせた。その事実が、相手の攻撃を防いだことよりも、小さいシリウスが出てきたことよりも、衝撃的だった。


「……アンタ。笑えたのね」

「余の特異星(ディオプトラ)の一つ、【心断分離(ラガニア)】は自身の分体を作り出すモノ。余は、本体が切り捨てた感情を持って作られた分体だ」


 シリウスは、笑わない。だが今目の前にいる彼女は表情豊かに佇んでいる。同一の人物だと、思えないほどの変化について、しかし言及するのは後回しだ。


「……その、助けてくれて、ありがとう」

「礼はいらぬ。これも本体の意志だ。……だが、そろそろお喋りも難しいな」

「どういうことよ?」

「余が作り出しているのは、防御結界だ。周囲をいま、それが取り囲んでおる」


 言われて確認すれば、黒い球状の膜のようなものに、分体シリウスとシャーミアは囲われている。薄っすらと膜の向こう側は視認できるものの、夜の闇の中だと視認性が悪すぎて相手の姿までは見通せない。


「魔術結界は相手の攻撃をある程度防ぐ。余程の魔力量をぶつけられない限りな。だが、そんな魔術結界にも弱点がある。それが――、対魔術と呼ばれるものだ」


 言葉と同時に、結界にヒビが入る。それは結界の効力が途切れることを予期させた。


「そら、結界が壊れるぞ。余とあの副隊長とは、相性が悪いからな。――ああそうだ。その前にこれを着けておけ」


 そう言った分体シリウスが指をクルクルと回すと、シャーミアの手元に黒い仮面が現れた。何の変哲も装飾もない。無地の黒い面だ。


「安心しろ、ただの仮面だ。これでお主の身元がバレることはないだろう」


 彼女、シリウス本人は仮面を壊さないことを修行の一環だと言っていた。当然その通りだとは思っていたが、きっとそこの部分はただの方便で。

 彼女は、憂慮していたのかもしれない。シャーミアの故郷であるこの国に、また戻ってこられるように。


 彼女の声と共にシャーミアが仮面を着けたタイミングで、結界は崩壊した。

 目の前には驚いたような表情のカランとエリス。それに対して、分体シリウスは楽しそうにその口角を上げていた。


「初めまして。余の仲間が随分と、世話になったようだな」


 声は落ち着いて涼やかで少女特有の甘さがありながら、しかしその身にはそぐわない圧が、確かにあった。

 それを彼らも感じ取ったのだろう。すぐに警戒態勢に入る。


「……お前が、この襲撃の親玉だな?」

「そうだな。まあ厳密には異なるが、余が勇者を殺すために企てたモノだ」

「――っ!? 勇者様を!?」


 予想だにしていなかったであろう事実に声を上げるカランだったが、しかし取り乱す様子も見せずに続ける。


「……なぜ勇者様を狙う?」

「それは――」


 彼女が口を開こうとした、その瞬間。

 夜空が白く瞬いた。

 と、同時に起こる爆音。初めは花火かと思ったが、城の中庭であるここは周囲を高い壁が囲っていて、余程の大きいものではなければ知覚できないはずだった。


 そうして訪れたのは、照明の点灯。

 消灯から既に五分が経過していた。最早懐かしさすら覚える灯りの温もりを全身に感じながら、シャーミアは分体シリウスが空を見上げたのを視認した。


 それにつられて、シャーミアも空を見上げる。その上空には、先ほどまでいなかった一人の人物が浮かんでいた。

 目の前にいる少女と同じ格好、同じ雰囲気。違うのは背格好のみ。

 分体シリウスは夜空に揺蕩うそれを眺めて、言葉を放つ。


「――余の本体と、話した方が早いだろう」

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