VSカルキノス第三憲兵隊⑥
「闇拭う希望の恩恵!」
エリスの頭上に現れる光の球。眩しく辺りを包み、視界を奪う闇を消し去る。
これでカランも相手の姿が見えるだろう。五分間の暗闇を味方につけるつもりだったのかもしれないが、エリスの思考はすぐに侵入者の意図を看破していた。
そう、思っていた。
「エリスちゃん!」
「――っ!?」
闇が晴れるのと、カランが叫んだのはほぼ同時。
侵入者の姿がこちらへと駆けてきていた。狙いが自分自身であることに驚きはしたものの、しかし彼女との間には距離がある。
余裕を持って回避行動に移ることができるし、魔術による迎撃を行う選択肢だってある。
エリスは手に持つ杖を構え直そうとして、気がつく。
(――体が、動かない――っ!?)
咄嗟に、視線を足元に落とす。
頭上の光源が作り出す黒い水たまり。地面には濃い影が映し出されていて、そこには二又に別れた黒い短剣が刺さっていた。
(いつの間に……? いや――)
相手の行動を見逃した時は、あの暗くなった一瞬。その隙に投げていたのか。
もしかしたら、相手は初めからそのつもりだったのかもしれなかった。
(周囲が暗くなったタイミングで、私の足元に既にこれを投げていた? 私が明るくすることを見越して……?)
脳内を推測が駆け巡るが、今は目の前の対処が先決。魔術の取り消しに特殊な行動は不要だ。ただ魔力の放出を止めればいいだけ。
エリスが頭上の光の球への魔力供給を止めると、周囲に再び影が降りる。
体の自由が戻ったのと、彼女の攻撃が来たのは同時だった。
「くっ――」
思わず身構えて目を瞑る。短剣による一撃を警戒したが、訪れたのは意外な結果だった。
「――っ!」
侵入者はエリスの持つ杖を蹴り上げて、遥か遠くへと飛ばす。その後の追撃は特に行われない。
(彼女の狙いは――)
魔術師の無力化。その後に移される行動は、ある程度分かる。
『――カラン隊長!』
『――ああ! 分かってる!』
その呼応の後、すぐに短剣と大剣とが弾き合い、一瞬火花が生じる。
暗闇はお互いに有利に作用しない。相手にとっても不利であり、当然カランにとっても益はない。
つまり単純に実力勝負となっていた。本来ならばすぐさま自分も杖を探しに行かなければならないが、目を離した瞬間に勝負が決してしまいそうで、エリスの足は竦んでしまっていた。
彼女は手数でカランを押し込む。カランも大剣で防ぎつつ、躱せる時にはその身をよじって回避する。
侵入者が僅かにその身を屈ませる。その後、足に力を込めて一気に距離を詰めた。と、同時に短剣による斬撃。これをカランは大剣で防ぐ。
彼女の体は宙へと跳ねる。カランのちょうど頭上を越えるように飛び、その身を回転させることで次の斬撃へと移った。
カランはこれも大剣で防御。そのまま彼女の身が彼の背後を取る。
着地した侵入者は即座に地面を蹴り上げた。反撃の隙すら与えないほどの初速。大剣での防御も間に合わない。
しかし、回避なら――
「――っ」
カランはその身を真横に逸らし、回避行動を取る。
彼女の斬撃は空を斬った。
その、はずだった――
「ぐっ――!?」
斬撃が。
彼の腕を鋭く断っていた。
「な、何が――」
飛び散る鮮血にも、襲い来る痛みにも、我が身を離れていく腕にも意識を向けず、カランは着地した彼女の足元を見た。
その踵から延びる、二又の黒く妖しく光る短剣を。
「――やられたね」
彼は言いながら片腕で袖を破り、口と片腕で器用に傷口を縛る。闇に目が慣れてきた中で、エリスは呆然とただその姿を眺める。
そうすることしか、できなかった。
『――このままじゃ戦えない。撤退だ』
『――』
『――エリスちゃん?』
呼び掛けに、応じられない。考えがまとまらなかった。
自分の油断が、カランの負傷を招いた。もっと正しく判断できていれば、こんな結果にはなっていなかっただろう。
浮かんで消えるのは自責の念ばかり。
――自分が、杖を使用せずに魔術を使えたなら。
後悔が、エリスの胸を満たす。
「――っ」
仮面から覗くその紅い瞳。妖しく眩しく、綺麗なその目には、何が映っていたのだろう。
遠くからは花火の音が轟く。花火による光は中庭に位置するここだと視認できないが、その音だけがやきにうるさく、自らの鼓動の音と重なった。
『――……さい』
『――?』
魔術が制御できないから。自らがまだまだ未熟だから。だから仲間が傷つくし、自分が弱いまま終わってしまう。こんなことではウェゼンの弟子を名乗る資格はない。
――少しでも、一矢報いたい。
「もう少しだけ、付き合ってください」
自然と、出た言葉だった。
カランが息を呑む音は聞こえたが、しかしすぐに吐いた溜息は了承の意味を含んでいた。
「分かった。暗闇が晴れるまで、付き合ってあげよう。というか、それ以上だと俺が死ぬ」
カランが大剣を構える。
魔術の暴発は仕方ない。威力を絞り、対象に向かわせる。
――絶対に、カラン隊長には当てないように。
エリスは息を吸い、そして大声で叫ぶ。
「光輝微睡む白日の明滅!」
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