VSカルキノス第三憲兵隊④
エリス=ハイロンはその白い杖を握りしめる。
見据えるは目の前の標的。仮面を着け、黒い外套を身に纏う侵入者。体つきからは女性だろうことは推測できるものの、しかしだからと言って油断はできない。
というよりも、最早油断がどうとかそういったレベルにはない。
全力で当たっても、何かが間違えば破れるのはこちら側。
それほどまでに、目の前にいる彼女の戦闘センスは警戒するべきものだと言えた。
『――聞こえるかい? エリスちゃん』
『――エリスちゃんは止めてください』
『――ちゃんと聞こえているね』
耳元で響くのはカランの声。エリスは左耳を抑えながら、意識は侵入者へと注ぎ続ける。
『――本当に便利な魔道具ですね、これ』
『――魔道具。少し離れた相手と意思疎通できる装備だ。片耳に着けるだけで声を出さなくても相手の思ったことを聞き取れるし、伝えたいと思ったことを伝えられる。前もって渡しておいて良かったよ』
これで作戦内容を直接話さなくても済む。次の行動が悟られる心配もない。エリスはその視線を侵入者と、そしてカランへと向ける。
『――それで、どうするんですか?』
『――出方を窺うのもなしじゃない、けど。相手の狙いがそもそも時間稼ぎっぽいからな。当然攻める』
『――了解です。あの黒い短剣がいつの間にか消えています。警戒してください』
『――はいよ』
その言葉と共に、カランが侵入者へと接近する。彼女も当然、短剣を構え彼がどう動いても対応できるように姿勢を低くする。
初めに仕掛けたのは、カランだった。大剣を軽々と振ってみせ、侵入者の頭上から叩きつける。それを彼女は受けるのではなく、いなすことにより躱した。
その隙を突いて雷の基礎魔術を飛ばすものの、さらに横に跳んで回避をされる。
ここまでは問題ない。続けてカランが振り下ろした大剣をそのまま横に薙ぎ払い、侵入者を狙った。
固い金属音が響き渡る。空中で受けた彼女の体はカランの膂力に耐えきれず、壁に向かって吹き飛ばされる。
『――今だ!』
『――はい!』
彼女が壁に到達すると同時に、大魔術を叩き込む。エリスは杖を構え詠唱を放つ。
「光輝微睡む白日の明滅!」
魔力の奔流を侵入者の着地点へと流す。これならば避けることも不可能。咄嗟に壁を蹴ったとしても、魔術の発動の方が早い。
目標地点に吹き飛ばされる彼女は、しかしその手で何かを投げる。
(あれは、黒い短剣? でも、止める対象なんて――)
彼女が放った黒い短剣は地面に突き刺さった。そこにあった影は、カランのものでも、エリスのものでもない。
その影を縫い留めたのは、侵入者自身のもの。
彼女の体が不自然に宙で止まった。それまであった勢いは消え失せ、同時にその後方でエリスの魔術が唸りを上げて天へと昇る。
『――自分の影に!?』
『――でもこれで……っ』
カランが宙に留まる彼女を討つべく駆ける。大剣がその華奢な体に狙いを定める。
動けないならば、勝負は決まった、と。そう思考するものの、期待した結果は訪れない。
またも、金属音が鳴る。侵入者がその手に持つ黒い短剣で、カランの攻撃を凌いでいた。
「お前、動けないはずだろ!」
「……っ!」
カランが大剣を振り抜くものの、彼女はその身を回転させて、力を逃がすことで吹き飛ばされることを阻止。
そのまま宙で錐揉みに回転する彼女は、隙のできたカランの首元を狙い、短剣を振った。
「――っ」
飛び散る鮮血。どうにか首に致命傷を負うことは避けた様子だったが、肩から胸にかけて一撃を貰った様子だった。
即座にカランはエリスの元へと跳躍。その手で傷口を抑えているものの、流血は止まらない。
『――してやられた。あの黒い短剣、自在に出し入れできるっぽいな。中々に厄介だね』
『――だから言ったじゃないですか。……すぐに回復魔術をかけます』
『――ありがとう』
エリスが杖を翳すと薄緑色の輝きが、カランの傷口を覆う。やがて流血は収まり、緑色の輝きも消える。
『――私の魔術では傷の完全修復とまではいきません。慎重にいきましょう』
『――慎重ではあるんだけどね。……というか、魔術の発動が読まれすぎていないか?』
『――それは……』
彼の言葉はエリスも感じていた部分ではあった。
あまりにも魔術に対しての対処が鮮やかすぎる。咄嗟に避けている、というよりも完全に読まれていると見た方が正しい。
これができる人間を、エリスは一人しか知らなかった。
『――ウェゼン師匠なら、そういうことができました』
『――それって、魔術を極めた天性の才能を持った人だけの話じゃないの?』
『――いえ。確か、魔術発動前に魔力の奔流を感じ取れるみたいで。修行をすれば誰にでもできる。魔術の修行とは、この魔力の浸透から魔術発動までの時間差を縮めることにある。師匠は、そう言ってました』
『――なるほど。やっぱり相手はただ者じゃないってことだね』
そう簡単に彼は締め括るものの、しかしエリスには疑問が残り続ける。あれだけの修練を積んだであろうウェゼンに次ぐ才能を、目の前の相手は持っているということになる。
侵入者の年齢は知らないが、どうにも年老いているようには見えない。
仮に若い女性だとして、魔術の動きを読むレベルにまでなるにはどれほどの修練を積まなければなりえないのか。
それこそ、ウェゼン本人に修行をつけてもらうしか、方法はないはずだった。
『――もう一度、隙を作ろう。頼めるかい』
『――はい。今度は当てます』
そんな疑念も、動きを遅める枷になる。エリスは無理やり気持ちを切り替えて、改めて侵入者へと視線を向けた。
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