腥風乱れて因果吹く
「ああっ? んな馬鹿な!?」
星々が降り注ぐ、そんな詩的な感想が浮かぶような、幽玄な暮夜に似つかない怒鳴り声が渡った。
笠を被った、着流しを纏う痩せた男は、夜空に向かって睨みを利かせる。
明るい月が地上を照らす。曝すのは、瘦せこけた頬とぎらつく双眸。そして、周囲に広がる、赤、紅、朱――
噎せ返るような鉄の臭いが充満するその庭で、男はただ一人空を見上げて立ち尽くしていた。
「どうしたんだよ兄貴。急に叫ぶなんてさ」
屋敷の中からの呑気な声に、男は振り返る。血で染まった廊下を渡り、一頭の獣が月光にその身を映していた。
それは確かに獣だ。茶色の毛に長い尾。鼻や耳はイタチそのもの。だが、二足で立ちながらまるで人間の手のように器用に鎌を携える様は、さながら獣人のようだった。
「……カザツグが死んだ」
「は?」
それまで上機嫌だった獣も、信じられないといった顔で固まった。その手に持っていた血塗られた鎌が零れ、静寂に乾いた音が鳴り響いた。
「う、嘘だよな? つまんねえ嘘だぜ、兄貴」
「おれっちがよお、こんな下らねえ嘘吐くとでも思ってんのか? あ?」
「そ、そりゃあ……」
男に気圧されて後退る獣の尾は、震えて逆立っている。陰鬱とした空気を食らうような、怒気が一帯に溢れ出していた。
まるで、嵐の最中にでも放り込まれたかのようだ。
声を出しても意味を成さない。足掻いたところで否定される。
呼吸の音すら許されない。生きる気配が黙殺される空間に、一つ、風が吹いた。
「ようやく捕らえたぞ!! この人殺し共め!!」
威勢のいい声と共に飛び込んできたのは、月より激しい明かりの炎。それら松明を掲げる男たちが、ぞろぞろと玄関口の方向から現れた。
「……なんだてめえら」
揺蕩う声に、含まれる先ほどの怒気は僅か。鳴り止んだいつ爆発するかもわからない暴風に、気付かない声が喧しく喚き嘶いた。
「通報を受けて招集された対妖討伐隊だ! 最近、この辺りにも妖の気配が濃く出ていたからな! その時のために腕利きの人間たちを集めておいたのだ。まさか、こんな堂々と人間を殺すとはな!」
敵意と嫌悪を声にぶつける男が、ゆっくりと刀を抜く。それに呼応して、他の男たちも得物を構えた。炎にぬらめく白刃が、一斉に着流しの男へと向けられる。
そんな中を縫うように、一人の男が歩いてきた。刀を構える人々が道を譲り、現れたのは大男。まるで岩のようなその大男が角ばった顎を撫でながら不敵に笑う。
「てめえのことは、知ってるぜ? カマイタチのフウマ家。その長男であるイヅナだろ。最近、大人しくしてたみてえだが、また派手にやりやがったもんだ」
「……おれっちはテメエのことなんざ知らねえな」
「ふん。なら嫌でも覚えさせてやるぜ。もっとも、だ。憶えたところで無駄だろうぜ? 何せ、今日でてめえは成仏するんだからよ!」
大男が土を鳴らす。踏み込んだ衝撃で地響きが空を走り、まるで花火が上がったかのような音を、夜に混ぜた。
「悪党なんざに名乗る名はねえが、知らねえまんま死ぬのも憐れだ。精々地獄で言いふらせや。わいの名前はミクサ=ツワブキ。クザクラ将軍の任により、狂う妖を罰する役目を頂戴した、『七曜刃』の折神憑きだ!」
重苦しい害意が膨れ上がる。未だ構える様子を見せない、イヅナに向かって、ツワブキと名乗る男は刀に手を添え咆哮を上げる。
「素知らぬ顔して面構え。身動ぎ妙技がなんのその。石上三年、疫浄無限。悪業万災喰らわせたまえ!」
宵闇を切り裂く大音声。ツワブキが、握る刀を勢いよく引き抜いた――
「刀霊解放――」
「させねえよ」
風が、吹いた。
つまらなさそうな声と共に流れていったその風は、ツワブキの脇を通り抜け、そして刀を構える男たちを、するりするりと駆けていく。
気が付けば、イヅナが庭を出て屋敷の玄関口に到達していた。
「……なんだ、大したことねえな」
そう、落胆の言葉がそよいだ瞬間。
空間が鮮血に染められた。間欠泉の如く飛沫を上げるその液体が、夜に流れていく。
悲鳴はない。呻くことすら許されない。彼ら血気に溢れた男たちは、何が起きたのかもわからないまま、別たれた首と共に、地面へと崩れていく。
血溜りに沈んでいく人だったモノ。不快な音を立て終えたそれらを一瞥して、痩せた男は歩き始める。
後に残るのは、燃える松明のみ。
「どこ行くんだよ、兄貴!」
「……決まってんだろ」
声が歪んで響いたようだった。どこまでも深く、そしてどこまでもわかりやすいそれは。
明確な、憎悪。
「弔い合戦だ。カザツグをやったヤツは風が教えてくれる。あとは今みてえに、首を刎ねりゃあいい。行くぞ」
一際強く、さらう風が吹いて。
イヅナたちの姿は闇夜に消えた。
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